『昭和解体国鉄分割・民営化30年日の真実』(講談社)を出版したジャーナリスト牧久さん(元日経新聞記者)から6月27日、「ヒアリング」で話を聞いた。著作は517ページ、中身の濃い報告で、中曽根康弘元首相、富塚三夫・元総評事務局長へのインタビューは、長い取材の蓄積があったからこそ聞くことができた事実が数多くあり、読み応えがある。


 ここでは牧さんの話を要約し、そのうえで「国鉄解体」の意味と、その評価について考えてみたい。



「ヒアリング」で熱弁をふるう牧久さん

 牧さんの話を要約すれば▽国鉄改革の狙いは鉄道の赤字解消と国労解体の二つであった▽それを実現する手段として分割・民営化方式が考え出され▽中曽根康弘首相が政治生命をかけて実行し▽その結果、国労、総評が解体、社会党崩壊、そして自民一強時代へとつながっていった――ということになる。


 中曽根氏らが仕掛けた国鉄改革の最大の狙いが、赤字解消より労働運動の解体による保守政権の永続にあったことは明らかだ。


 国労の分裂・解体の後、労働運動は組織再編の時代を迎え、総評など労働4団体が解散、金属労協など労使協調路線の労組を中心にした連合が発足、労使協調路線へとカジを切っていった。その結果、ストライキは激減、春闘も低調となり、労組組織率は2割を割った。現在の安倍政権下ではデフレ対策の一環として政府が賃上げを経済界に要請するという「官製」春闘が定着、国民は労働運動への関心を失い、労組の地盤沈下が止まらない。


 国鉄の分割・民営化は「光と影」の両面を内包していた。「光」が当たったのは民営化によるJRの発足、赤字の解消、サービス向上などがある。一方、「影」部分は国労、総評の解体、野党勢力の衰退、そしてJR北海道、四国などの赤字累積、赤字路線の廃止などだ。「影」は国民生活に大きな影響を与え、深刻な間題をひき起こしたのだが、世間の関心は低かった。


 私が当時、国鉄取材で痛切に感じたのは、国家の持つ巨大な力、そして反対勢力をたたきつぶすためなら何でもやるという政治権力のすさまじさだった。当時も、そして今でも、国鉄の分割・民営化は国家による「不当労働行為」だったという私の考え方は変わっていない。国労組合員をJRに採用しないための根拠規定となる国鉄改革法を新たに作り、不当労働行為を合法的に行うための立法を数の力によって押し通すという手法で分割・民営化は実現した。


 03年12月、国労組合員1047人のJR不採用事件の間題で、J R6社が中央労働委員会の救済命令取り消しを求めた訴訟で、最高裁は「JRに使用者責任はない」と判断して、中労委・国労の上告を棄却した。注目すべきは、この判決で5人の裁判官のうち2人が反対意見を述べ、司法判断が割れたことだ。反対意見を述べた中には裁判長もおり、「多数意見は形式論に走りすぎ。国鉄はJR設立委員を補助するもので、採用に違法があった場合はJRが使用者責任を負う」と判断、さらに「(国労組合員の)不採用が不当でなかったとは断言できないから、審理を高裁に差し戻すべきだ」と述べている。


 国労事件の争いが最終的には中労委や最高裁までいくことを想定し、国鉄改革法を準備したのだから、国労の勝利は容易ではなかった。中労委が不当労働行為と判断した意味は重いのだが、最高裁は中労委の判断を認めなかった。立法府も司法も国労を見捨て、戦後労働運動に「敗北」を突き付けたのである。


 歴史に「if(もしも)」はない。とはいえ、国鉄分割・民営化の「影」は放置されたままだ。あれから30年。経済停滞もあって、無力感や閉塞感が社会をどんよりと覆っている。