2025/12/08
講師・池田丙午氏(関西支部会計監事、滋賀大学経済学研究科博士前期課程)
(関西支部通信第46号=25年10月号より転載)
はじめに
AI技術の普及が私たちの生活において進んでいる。搭載アプリにAIが標準装備されているPCやスマートフォンも登場し始めた。今後は、「AIによって我々の生活や仕事はどう変わるか?」のみならず、「我々がAIを利活用して生活や仕事をどう変えるか?」を真剣に考えていかねばらない時代に入ったと言っていいだろう。本稿では、AIが雇用や労働に与える影響や、職場での活用に向けた課題等について考察してみた。
1.雇用消滅論から現在まで
1-1.雇用消滅論=オズボーン論文
AIが雇用に与える影響について衝撃的な予測を行ったのは、2013年にオックスフォード大学のオズボーン博士らが発表した「米国では10~20年内に労働人口の47%が機械に代替されるリスクが70%以上ある」というオズボーン論文であった。いわゆる「雇用消滅論」である。だが、「自動運転技術が実験室レベルで開発されると、その瞬間に世界中の全ての運転手が100%機械に代替される可能性がある」というロジックに立脚するこの推計は乱暴すぎた。
その後の多くの研究によって、「職」全体は一気に代替されない。「仕事(ジョブ)」「作業(タスク)」に分解したうえで代替効果を推計するのが妥当、という考え方と推計手法が広く共有されるようになっている[1]。かくして、単純な雇用消滅論は去った。
1-2.近年の分析手法
近年では、例えば(株)大和総研が、職業ごとにそのタスクのうち生成AIにより自動化可能な割合を示す「自動化対象率」を推計しており、日本の就業者の約80%が何らかの形で生成AIの影響を受ける可能性があり、約40%の就業者について仕事の半分以上を自動化できるとしている[2]。ただし、これについても「いつまでに」「こうなる」という明確な記述はない。
AIの雇用への影響分析について分かりやすくイメージしてもらうため、複数の研究や国際機関レポートを基に表1を作成してみた。国の就業構造や雇用慣習によって傾向や程度に違いが生じるのだが、同表により、日本の場合の職種一般の傾向や、入職からのキャリア段階による影響の相違が確認できる。
- 協働職種グループは、SE(システムエンジニア)、PM(プロジェクトマネージャー)、弁護士、経営コンサルタント等で、これらはAIと協働する/できる傾向の強い職種であり、属性的には男性が多く、年収も比較的高い。
- 代替職種グループは、AIによる雇用代替が進みやすい傾向を持つ職種であり、プログラマー、一般事務、初級法務職等が含まれる。入職(新卒)業務の代替圧力が強いため、採用抑制や賃金の下押しに繋がる恐れがある。このグループの持つ属性的傾向が、AIによる女性労働者への影響や所得格差拡大に留意が必要と強く指摘される所以である。
ちなみに、海外の就職・転職支援サイトでは、このような研究・分析レポートに関する最新情報が適宜提供されているようである。■表1(P10へ)
2.労働組合の課題意識
では、労働組合はAI普及の影響についてどのような課題意識を持っているか。今年、連合総研レポートが「AI時代の『働く』を考える」という特集を組んだ[3]。ここでは、2つの権利「①つながらない権利」と「②時間主権」の確立が主張されている。これらを整理すると以下のとおりである。
- リモートワーク等従事者に対し上司等から無制限に連絡・業務指示等が行われることを禁じ、これを拒否する=「つながらない」ことができる権利。
- 勤務時間の線引きを改めて明確化し、有給や育児・介護等含む勤務時間決定の「主体性」や、業務効率化による「時間的成果」を、各人に帰属させようとする権利。
これら権利主張の背景となっている職場での現象については、多くの人が目にしたり、実際に体験した人も少なくないはずであり納得できる。しかし、これらの権利は、いわばAI普及期に入った現在段階に至って、改めて希求するものなのか?むしろ1つ前のICT(情報通信技術)普及期に取組むべき問題ではなかったのか。違和感を禁じ得ない。
3.日本企業の課題
ICTそしてAIは、企業にとっては業績向上や生産性向上に、(ほぼ表裏一体の関係だが)被雇用者にとっては時短や賃上などに、果実をもたらしてきたのだろうか。視点を2つに絞って考察してみた。
3-1.生産性向上
日本は「失われた30年」と言われる超長期経済停滞にあり、生産性向上低迷がその主因であるとする研究は多数に上る。生産性向上に向け官民挙げて「DX(デジタルトランスフォーメーション)」に取り組んできたが、成果は低調との指摘も少なくない。「DX」には、デジタル技術により業務を効率化すると同時に、単なるデジタル化を超え、新たな価値を生み出す業務・事業を創出していく、という意味が込められているそうだが、そこまで達している企業は少ないようだ。なぜなのか。日本企業の課題とその原因について表2にまとめてみた。
表2(P10へ)
これらの課題の中には、例えば経営者の意識改革など、改善が進んでいるものもあるようだが、一方で、根強く残る問題が、全般的に日本企業のDX推進の足枷となっているものと推察される。
3-2.時短と過労死
働く側の視点から見てみよう。国際的にも長時間労働(併せて過労死)が問題視されてきた日本だが、ICTの利活用に加え、法制度的に絶対的上限規制等も導入されてきたのだから、改善の方向に向かっているのだろうと思っていた。だが、この認識も危ういようだ。
2020年代に入ってからの論文を見てみても、統計上(表面上)の数値は改善しているが、実態はそうではないとするものが多い。統計的に過労死も減っていない[4]。もちろん、ICT等によって業務効率化は進んできたのであろうが、例えば短時間で業務をこなすようになっても、単純に新たな仕事が追加されて残業が減らない、というのであれば元も子もない。ICT・AIを活用して、必要としている職場では適切な時短が実施される、という明確な方針が、社会的にも労使間でも確立されることが求められているのだろう。
4.AI人材育成の現場では
最後に、AI・デジタル人材育成の取組として滋賀大学の事例を紹介しておきたい。上述の日本企業が抱えている課題は、人材育成の現場でも強く認識されつつある。ポイントは、①人材ニーズの将来予測、②業績向上・経営課題解決への貢献の2つにある。
- 表1のような足元の変化に加え、例えば、マイクロソフトのウィンドウズが誰もがPCを使えるようにしてしまったように、AIについても、プログラムコード等についての専門知識が無くても各部署が使いこなせる時代がいずれやってくる、という将来予測・認識に基づいて進められている。
- 低迷する日本企業の業績向上・経営課題解決に資さなければ意味がない。従って、目指しているのは、単なる技術的知識・技能の習得だけでなく、経営課題の分析からAI・ICTによる課題解決までのトータルなプロセスに貢献できる人材の育成である。
このため、カリキュラムの範囲は、抽出された課題に対する解決策が、企業において経営層のどのレベル、或いは誰によって意思決定されるか(意思決定システム)、といった分析にまで及んでいる[5]。
政府は「デジタル田園都市国家構想総合戦略」を掲げ、2022から2026年度末までに「デジタル人材を230万人育成すると共に、人材の地域への還流を促進する」としているが、日本社会にとって実りある成果がもたらされるのか、注目していきたい。
おわりに
以上、各種文献等に目を通しながらの考察を通じ感じたことは、「日本的経営」や「日本型雇用慣行」の特徴が、ICT・AIの活用に負の作用を及ぼしてしまっているのではないか、という危惧である。「強み」は活かし「弱み」は克服する、という処方箋を提示する論も見られたが、一方で既に失われた「40年」を予見する論もあり、対策の時間的猶予は極めて少ないだろう。加えて、ICTに続くAI普及期を迎え、これを支えているデータセンター等のエネルギー大量消費が大きな問題となってきている。
政労使の更なる取組が求められている。
※本寄稿の機会を与えて頂いた関西支部に一言感謝申し上げます。
会員の皆様からの忌憚なきご意見等、是非お聞かせください。
【表1】AIが労働に及ぼす影響分析(職種別の傾向等)
(出所)参考文献[1]等に基づいて筆者作成
| 区分 | 代表的職種 | 属性・年収等 | 変化/対応の方向性 |
|---|---|---|---|
| ①協働職種グループ | SE/PM、弁護士、経営コンサル等 | 男性比高め / 高年収傾向 | AIと補完強化・生産性上振れ |
| ②代替職種グループ | プログラマー、一般事務、初級法務職 | 女性比高め / 年収やや低め | 入職(新卒業務)の代替圧→採用・賃金の下押し |
| 産業間の差 | 金融・不動産で双方高く、代替 > 協働 | 情報通信でもリスク露出度高い | 部門横断の設計と人材移行が必須 |
【表2】企業が抱えるICT/AI活用に係る課題と原因
(出所)関連文献に基づいて筆者作成
| 典型的な課題 | 想定される原因 |
|---|---|
| 全社的/部署で積極的な取組が進まない | 経営者/管理職のビジョンの欠如、個別課題に係る理解・コミットメントが弱い |
| 経営課題の解決に繋がらず、成果・業績が上がらない | 業務部門が、担当部署や社外へ丸投げ(現場での課題分析とAI活用が結びついていない) |
| 時短、生産性向上など従業員が実感できる成果に結び付いていない | ICT/AIを活用する目的、成果目標が明確に定義・共有されていない。組織ごと(バラバラ)のシステム設計志向、曖昧な職務定義など日本企業特有の課題。 |
【主な参考文献】関連の複数文献を[ / ]でまとめて記載
- [1]海老原嗣生「「AIで仕事がなくなる」論のウソ」(イースト・プレス、2018年)/岩本晃一,&田上悠太.(2018).人工知能AI等が雇用に与える影響;日本の実態.RIETI Policy.
- [2]大和総研レポート「生成AIが日本の労働市場に与える影響②」(2023年12月)
- [3]連合総研レポートDIO38巻(2025)5号
- [4]田中洋子.(2025).なぜ日本の労働者は長時間残業するのか.日本労働研究雑誌,67(4),70-75./安部悦生.(2024).生産性と日本経済-日本経済の長期停滞の原因を探る.経営論集,71(4),1-30.
- [5]河本薫「データドリブン思考」(ダイヤモンド社、2022年)

