2026/03/02
関西支部会員・よし田一矢
(関西支部第47号=26年1月号より転載)
注・筆者よし田さんのよしは土に口のよしです。
私は、大学生の時、大阪で活動する自然保護団体が主宰する子ども会活動のリーダーとして府内に残る自然の観察会や、夏休みには、兵庫県の最高峰氷ノ山の麓にある村に民泊させてもらい、子ども達に田舎暮らしを体験してもらうなど企画しました。同子ども会には、府内のみならず奈良や遠くは滋賀からも参加し学校も学年も違う子ども達が企画を通して友だちづくりをしています。同会は、創設から今年で50年を迎えました。
この会には、当時、リーダーの中に、T養護学校の教師も居て、そのつてもあって障害児の子ども達も一緒に活動しておりました。ある夏休み、兵庫県のS町の民家に3泊4日の田舎体験の際、今も忘れられない体験をしました。私は、T養護学校の生徒で当時、中一の『リュウちゃん』とペアになりました。リュウちゃんは、自閉症で、パニックになると自傷行為で、手を噛む、頭を辺り構わず打ち付けるなど『見守り』の要る彼でした。大阪からのバスの車中で、パニックになり騒然となる中、リュウちゃんを落ち着かせようと抱き寄せたところ、私の胸に涙をぼろぼろ流しながら噛みつきました。周囲のリーダーは、リュウちゃんを引き離そうとしましたが、私は、むしろ、彼を強く抱きしめました。
何とか、落ち着き、現地での初夜、夕食の後、他の子ども達がリーダーとゲームに興じているとき、リュウちゃんが、無言で私の手を引っ張り、玄関先に誘い『ここへ座れ』と言わんばかりに私を座らせたと思いきや、何と、リュウちゃんが私の膝の上に、腰を下ろしてきました。その夜は、大阪では見られないきれいなお月様が出ていて、リュウちゃんは、私を誘いお月見をしたかったのです。リュウちゃんと私は、夜の更けるまで、月見を楽しみました。
バスの中でのパニックがきっかけで以来、リュウちゃんと一緒に、色んなところに行きました。胸の歯形を見る度、リュウちゃんのぼろぼろ泣き顔がよみがえります。
- 【補足1】
「養護学校」は40年前の当時の呼称です。また「障害児」については、現在、役所などでは「害」を「がい」として、負のイメージを払拭する表現にされています。あえて「障害児」と表記したのは、障害児は自分のことを障害児だとは思っていないこと。むしろ、周囲の社会が偏見や差別と言う壁をつくっているのだとリュウちゃんとのつきあいを通じてそう思っています。 - 【補足2】
この度、私が主宰する四條畷市人権協会に対し、四條畷市の障がい福祉課から「障がい福祉計画・障がい児福祉計画策定専門部会委員」への参画依頼が来ました。これから、一年かけて議論に参加して来ます。

