関西支部発

労働者協同組合の 資金調達方法について

2022/07/11

 
京都大学名誉教授
本山 美彦

初めまして

今年の2月に会員に加えていただきました本山美彦(もとやま・よしひこ)です。経済学を専攻していた京都大学名誉教授で、現在は公益社団法人・国際経済労働研究所で所長を務めています。暴力革命を伴わない社会変革の筋道を研究テーマにしております。

1.はじめに

暴力革命は初期には人心を鷲づかみにして、人々に夢をもたらしたものであった。しかし、その内実は血で血を洗うすさまじい権力闘争の繰り返しであった。そして必ず民衆の離反でもって1つの革命は、つねに終わりを迎えた。歴史は、こうした権力抗争が繰り返されてきたことを告げている。それは、国家権力だけでなく、あらゆる党派、労働運動組織にも見られる。こうした日常にありふれた事態は、スターリン主義批判によって克服されるような生やさしいものではない。

労働者が企業の経営権を握るべきことを、私は『ESOP-株価資本主義の克服』(シュプリンガー・ジャパン、2003年)で訴えた。幸いにも当時のサンヨー電機がESOPの採用に踏み切る方針を定めて下さったが、2004年10月の新潟・中越地震で大被害を受けた同社は、ESOPの実施を検討している間に、消滅してしまった。

働く人が自ら出資して運営に関わり、「協同労働」という新しい働き方を実現する法律(労働者協同組合法)が、今年(2022年)の10月1日から施行される。この法律の中身はすでにご承知の方々は多いと思われるので、本稿では組合を支える資金調達の問題についての私見を述べさせていただく。

2.ブロックチェーンの安全弁

労働者協同組合を立ち上げても、早晩、資金繰りで苦しくなることは目に見えている。政府や自治体、あるいは特定の慈善団体の下請けにならずに、自主独立性を維持することは非常に難しい。しかし、そうした資金繰りの隘路を打破できる可能性を大きく持っているのが、ブロックチェーンの原理を応用した暗号通貨とそれに依拠する暗号資産(crypto assets)である。

ブロックチェーンは、情報を記録・管理するための技術である。複数の情報をひとまとめにし、それを次から次へと鎖のようにつないでいく構造を持つことから付けられた呼び名である。日本語では分散型台帳技術とも呼ばれている。カネの流れを記録した「台帳」を、あちこちに「分散」して保管しておくことが、最重要の約束事である。
台帳は、暗号通貨を取り扱う参加者全員が共有し、保存・管理している。分散型台帳によって、参加者全員が、誰が、いつ、どのような情報を台帳に書き込んだのかを明確に知ることができるので、ブロックチェーンは、偽造できないような形で保存・管理できる技術となる。

3.ロシア侵攻でウクライナに集まった暗号通貨

ロシアからの軍事的な侵攻に対抗するために、ウクライナ政府は2022年2月末、SNS上で、戦費調達のため、ビットコイン(Bitcoin)、イーサリアム(Ethereum)、テザー(Tether)からなる暗号資産の寄付を世界中から受け入れるとの声明を発した。 これは、暗号通貨がすでに国際間の決済手段として日常的に使われていることを意味する。

NPOでデジタル・リテラシー教育の向上事業を行っているブリタニー・カイザー(Brittany Kaiser)によると、この声明に呼応して、合計約1億600万ドルの暗号資産の寄付が殺到したという。同氏は、かつて、大量のデータが米大統領選に悪用された英国のケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)の元内部告発者である。同氏は、ウクライナのフョードロフ(Mykhailo Fedorov)副首相兼デジタル転換相が組織するハイテク人材ネットワークに積極的に参加し、ウクライナへの募金活動を支援している。

ウクライナ国立銀行(National Bank of Ukraine=NBU)は、いろいろな種類の暗号資産を取り込もうとしている。例えば、従来の仮想通貨とは違うNFT(Non-Fungible Token、非代替性疑似通貨)も含まれている。

イーサリアム共同創業者のギャビン・ウッド(Gavin Wood)は、自身が開発したポルカドット(Polkadot)がウクライナで受け入れられれば「個人として500万ドル寄付する」とツイートした。
ウクライナに殺到する暗号資産による寄付は、暗号資産の世界への普及を一層加速させるかもしれない。

調査会社のチェイナリシス(Chainalysis)の試算によれば、ウクライナは人口当たりの暗号資産の使用レベルにおいて、2021年には世界第4位、2020年には世界トップであった。

4.期待されるDAO

労働者協同組合の資金源となりうるのがDAOである。DAO(Decentralized Autonomouse Organization)は、自立的分散型組織と訳されて、株主、経営陣、役員などの管理者がいなくても、参加者たちが自律的に価値を創造し、事業を推し進める組織であると定義されている。

DAOが、ビットコインの分散型台帳と違うのは、参加者を株主に位置付け、中核になる設計をした開発者(コントリビューター)を中心メンバーに置き、開発者が提案する事案を参加者たちが投票で決めるという手法を採っている点である。その一点で、労働者が経営権を持つという協同組合の理念からすれば、DAOはプラットフォーム協同組合と対立するものとして受け取られかねない。

それでも、世界には、プラットフォーム協同組合と対立するのではなく、協同組合を資金的に支援するために組織されたDAOが数多くある。

サンフランシスコに拠点を置いて、2013年に設立されたパトレオン(Patreon)はその1つである。
このDAOはYouTubeのコンテンツ制作者や、音楽家、ウェブコミック制作者向けのクラウドファンディング・プラットフォーム(Crowdfunding Platform)を運営している。ファンや支援者たちから定期的に寄付金を集めたり、制作者のNFTを販売したりして資金を調達している。サービス開始から18か月で125,000人以上の支援者が登録した。2014年末には、サイトに登録している製作者に月総額100万ドル以上が寄付されるようになった。パトレオンが徴収する手数料(ガス代と呼ばれている)は5%である。
これらが、これから日本でも設立される労働者協同組合の参考になる事例である。

5.「デジタル地域通貨」という新しい芽

デジタル通貨は、特定の地域内のみで使用できる電子通貨である。発行する主体は、ブロックチェーン技術を応用してこの通貨流通を管理する。

デジタル地域通貨の成功事例としては、ドイツのミュンヘン地方ですでに15年間使用され続けている「キームバウアー」 (Ciembauer)がある。

この通貨の最大の特徴は一定期間で減価するという点にある。この通貨を退蔵したり、投機に使われることを阻止し、つねに消費に回すことがその狙いである。言うまでもなく、この思想はシルビオ・ゲゼル(Silvio Gesell、1862~1930年)の「自由貨幣」の実績を踏襲したものである。通貨が循環することで、協同組合の運営を支えるという効果をキームバウアーは担っている。

日本にも会津若松市で2020年7月に運用が開始された「白虎」(Byacco)がある。成功させたいものである。

関西支部通信第36号(2022年6月発行)から転載

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