関西支部発

人は理窟で動くのか

2022/11/28

 
多摩大学名誉教授・竹村之宏
(関西支部通信第37号=2022年10月号から転載)

(1)謝ることは偉大

少し旧聞に属するが、1998年7月19日、ニューヨークのマンハッタンに建設中の高層ビルで事故が起きた。48階建てのオフィスビル資材運搬用のエレベーターが倒壊し、隣のビルにいた女性1人が落下物で死亡、20人近くが怪我をするという大惨事まであった。市当局は周辺から約600人を避難させ、一帯を通行禁止にした。

この事故の処理について、ニューヨーク・タイムズ紙は次のように批判した。「工事の発注者や開発者、それに市の対応は鈍く、関係者は素直に被害者に謝罪することよりも、事故の責任がどうなるかという法律的な面を気にしている。そして、このような事故の時、日本ではどうするかとして、次の事例を紹介した。

1984年に東京世田谷区でトンネル火災事故によって地下ケーブルが焼け、80万人の電話やオンラインが不通になった事故。その時、電話会社は24時間以内に何カ所にも臨時電話を引き、そこにはケーブルと電気スタンド、電話帳まで備え付けてあった。それが終わると、社員を総動員して各家庭や企業などを回り、迷惑をかけたことを謝罪した。また、オンラインが使えなくなった銀行は利用者に謝罪すると共に、オンラインが使えるライバル銀行を教えるということまでした。

ニューヨーク・タイムズはこういう。そうした対応を可能にしたのは、日本企業が利用者の気持ちになって考えるのが重要だと考えているためだ。これに対して、ニューヨークのケースでは、まず市長が建設寄りと批判され、事故に責任のある建設会社は、事故発生から1日以上もたってやっと死亡した女性への謝罪声明を出した。本当に責任を負う気持ちがあったかどうか疑問を感じる。こうした企業の対応は、2年前のTWA機の墜落事故の時も謝罪が遅れて遺族の怒りをかったのである。

そして、ニューヨーク・タイムズはこう結論づけることが相互の利益になることだと理解しているのが日本人である。何か問題が発生しても「すみません」と言って謝ればそれ以上の追求はしないのが普通である。特に涙を流し、土下座して謝る相手にはなおさらだ。

日本人がすぐ謝る理由の二つ目は集団思考である。豊かな自然環境の中で農耕を主体として生きてきた日本人は、独自の集団主義をつくってきた。農耕は個人の利益を追求する仕事ではなく、みんなが力を合わせることによって成立する。

一人ひとりは弱い個人が集団を形成し、集団に依存することによって相互の利益を図ろうとすることは当然のことである。集団の中で自己の利益を確保し、安全を守ろうとすれば他人から好かれなければならない。少なくとも嫌われないことが肝要である。謝罪は消極的であるが、人間関係を円滑にし、協力関係を得るための立派なリーダーシップといえるのである。

(2)自分を変えれば相手も変わる

前例は、人間は論理で動くことよりも、感情で動く場合の方が大きいことを教えてくれる。相手の考えがどんなに優れていても、心が通じ合わないと信頼できる人間関係は生まれない。相手の感情に訴える時に大切なことは、相手を肯定し、積極的な人間として対応することである。リーダーに最も必要な人間観である。

このことで、次の事例が参考になる。古代中国の「魏」の皇太子の家庭教師になったユー・ホウはチュー・ボウの所に行って相談した。「私は手に負えない狂暴な男を教えることになりました。こういう人間はどう扱ったらよいでしょうか」と尋ねた。それを聞いたチューは、「よくぞ聞いてくれた。まず、最初にすることはその相手ではなくあなた自身を改めることだ」(老壮哲学)

この話は、リーダーシップを発揮するためには、まず自分自身をどう変えるかということの大切さを示している。一般的な組織においても、無能なリーダーがいる場所では、職場の社員に元気がないといわれる。

ところで、自分を変えることは容易ではない。それは「自分を知ること」が難しいからである。古代から現代まで、古くて新しい問題はこの「自分を変える」ということである。
かつてソクラテスが「汝自身を知れ」と言ったのは有名である。またイギリスの著名な歴史学者トインビー博士は「現代人は何でも知っている。知らないのは自分自身だけだ」と言った。

私たちが自分のことを意外と知らないのはありのままの自分を素直に見ることが出来ない点に一因があるのではないか。他人から注意を受けたり叱られたりすると、その原因を自分ではなく外に求めることが多い。いわゆる防衛機制である。

反対に自分が成功した時は、その原動力が自分にあると思ってしまう。つまり人間は首尾よくいっても失敗しても自己の都合で解釈する傾向にあり、本当の自分が見えない。自分を知るにはどうすればよいのか。

まず、自分の歴史を知ることから始めよう。幸せだった頃、不幸だった頃、恥ずかしかったこと、両親に叱られたり、先生や友人に褒められたこと、何か自慢なことをしたことなどを思い出すと、それは「自分史」になる。

二つ目は、現在の自分を発見することである。自分はどこに進もうとしているのか、どうしてこの世に存在するのか、自分の人生の目的は何か、どうしたら良い仕事が出来るか、自分はどこに進もうとしているのか、健康はどうかなどを毎日一度は自分に投げかけてみる。さらに、今とは別の環境に身を置いてみることも大切である。

そして、自分を変えることで重要なことは自分を発見することである。自分の人生とは何か、どうしたらよい仕事ができるか、自分の長所や短所は何かなどを毎日一度は投げかけてみる。

三つ目の方法は環境を変えてみることである。自分を発見するのは難しいが、世の中は変化している。もちろん今の社会や仕事を変えることは難しい。しかし、仕事の変化、異質の人と付き合い、新しい趣味、通勤コースを変えるだけで新しい自分発見につながることもある。このことで自分を好きになり、自信がつくかもしれない。 

過去記事一覧

PAGE
TOP