2024/06/17
(会報220号=24年5月25日号から転載)
Ⅰ.前文
23年を上回る大幅な賃上げとなった24春闘。政・労・使が「デフレ脱却」を合い言葉に足並みを揃え、大企業の回答では「満額」ないし要求額以上の回答が相次いだ。といっても大企業と中小の格差は依然として広がっている。今春闘の結果をどう捉えるべきなのか、また、来年以降の持続的賃上げに向けた課題とは何かについて、4人の会員にご寄稿いただいた。 (編集部)
Ⅱ.春闘史でも異例な24春闘結果 ―政労使で賃上げ一致、要求と闘いに課題も
会員・鹿田勝一(ジャーナリスト)
24春闘は、69年の春闘史でも特異な結果となっている。大きな特徴は、政労使とも「昨年を上回る賃上げ」「物価上昇を上回る賃上げ」で一致したことである。
その背景には、48年ぶりの物価高と人出不足や企業の好業績がある。加えて4半世紀にわたる実質賃金低下(目減り賃金)に対する政労使の「反省」も指摘されている。
経団連の十倉雅和会長は「デフレから完全脱却できるラストチャンス」と危機感を表明。経労委報告は「賃上げは企業の社会的責務」と様変わりし、内部留保の賃上げ理解も明記した。
岸田首相は「この30年間のコストカット経済から、所得も経済成長も好循環」を提起し、賃上げへ異例の3度も政労使会議を行った。
労働界からは自動車総連の金子晃浩会長が「30年間上がらなかった賃金を動かす大きな年だ。要求貫徹。今年やらなくして、いつやるのか」と強調した。
妥結結果は春闘69年でも異常ともいえる「満額」「要求以上」の回答が続出した。連合や産別の記者会見では「要求が低かったのではないか」なども出されている。法政大学の山田久教授は「人手不足に危機感を抱く経営者主導の賃上げ」と指摘し、「組合の存在意義が問われかねない」と警鐘を鳴らしている。
ナショナルセンターの要求で100%超の回答は春闘69年では異例だ。連合の要求はベア3%以上(定昇込み5%以上)である。
回答は第5回集計(5月8日)で、加重平均は1万5616円(5・17%)。焦点のベアは1万778円(3・57%)で、連合要求を超えている。回答が33年ぶりの高い水準で、23年度物価上昇率2.8%を超え、実質賃金を確保しているのは評価できる。
問題は要求水準。連合要求には生活向上分もなく、物価ミニマムであり、経営側からみても「人への投資」で不十分で低かったことを示しているのではないか。
格差是正も大きな課題。300人未満の中小ベアは8461円(3・22%)で、実質賃金確保へ健闘している。一方、格差は1000人以上のベア1万1176円(3・61%)より、2715円(0・39%)低い。金属労協の格差は昨年の1800円から、今年は4800円に拡大。愛知、広島など地方連合も格差の拡大を報告している。
連合や産別は例年よりも中小支援を強化。十数年ぶりに東京・有楽町や蒲田の街頭宣伝や地方連合集会を開催。未組織労働者への賃上げ波及へ例年より早めて最賃の大幅改定を厚労省に要請した。
闘い方ではスト権確立方針を踏襲。NTTはスト権を確立し、要求の5%を超える7・3%を獲得しストを回避。JAM関西の単組はスト権を背景に親企業を超える賃上げを求めて交渉した。京都大学の諸富徹教授は連合の政策討論集会で講演し、そごう・西武のストや全米自動車労組のストなどをあげ、賃上げストを推奨した。
労務費増の価格転嫁も春闘史上初の運動となった。JAMやフード連合など取り組んでいる組合からは「道半ば」との声が多い。
来春闘は物価が下がるとみられている。ゼンセンや金属労協幹部は今春のベア3%を下げる必要はないとのスタンスだ。サントリーの新浪剛史社長も経営側から「物価+α」の交渉を提唱している。連合は物価と生活向上、「人への投資」を加えた要求を検討すべきだろう。
Ⅲ.物価を上回るベースアップは定着するか
会員・浅井茂利(一般社団法人・成果配分調査会代表理事)
(会報220号=24年5月25日付から転載)
2024年春闘の最大の焦点が、物価上昇を上回るベースアップの成否であったことは言うまでもない。最終的には、厚労省の「毎月勤労統計」や「賃金引上げ等の実態に関する調査」で判断することになるが、連合の情報では、現時点で以下のような状況にあり、全体として物価上昇を上回るベアが実現している。
- 5月8日公表の回答集計では、定昇相当を含まないベアなどの「賃上げ分」の加重平均が1万778円(3.57%)となっており、過年度消費者物価上昇率(総合)の3.0%をかなり上回って、実質賃金の算出に用いる「持家の帰属家賃を除く総合」の3.5%をもカバーする状況にある。
- 総じて規模の小さな組合ほどベアが小さい傾向にあることは否めないが、一方で99人以下の組合でも、ほぼ消費者物価上昇率に匹敵するベアを獲得している。
- 加えて規模の小さな組合では、3月時点に比べ、ベアの平均が高くなる傾向となっている。
- 4月26日時点の大手組合の回答速報から一般社団法人成果配分調査会が独自に集計したところでは、ほぼ3分の2の組合が消費者物価上昇率(総合)をカバーするベアを獲得している。
しかしながら、帝国データバンクの調査では、67.7%の企業で(定昇込みの)賃上げ率が(物価をカバーすると見られる)5%に達していないという結果も見られる。連合傘下の産別に未加入の組合、組合未組織の企業での賃上げについては予断を許さない状況にある。
前述の回答速報によれば、35%の組合が満額回答、14%の組合が要求を超える回答を獲得しており、これをもって要求が低すぎたのではとの指摘もあるが、事情は少し異なるようである。まず第一に、連合の方針(ベア3%以上)や金属労協の方針(10,000円以上)が低すぎたきらいはあるものの、主要産別の要求基準や企業別組合の要求は、これらの方針や物価上昇を上回るものとなっている。なかでも基幹労連では、産別が12000円以上の要求基準を掲げたのに加え、企業別組合では2023年、2024年のベアによって2022年度、2023年度の物価上昇を大きく上回るような要求を行い、これを獲得している。
また、組合要求に応える分については全員に配分し、これとは別途、若手の賃金水準の引き上げを行い、その原資も加えて回答額を示しているために要求を上回る回答となっている、というような事例もあるようである。
2024年度以降も物価上昇は継続する状況となっており、春闘では物価上昇のカバーはもちろん、これに加えて生産性向上を反映したベアを行っていく必要がある。連合として、国民経済の観点に立った明確かつ具体的な「根拠のある要求」を掲げていくことが不可欠である。
今後の懸念材料のひとつとして、2024年春闘において、経団連による賃上げ推進の勢いがやや弱まっているように見受けられたことがある。大企業ではすでに理解が得られており、あとは中小企業、零細企業だから、ということかもしれないが、来年以降、『経労委報告』や会長発言がトーンダウンすることにより、もうベアはいい、とか、定昇込みで物価上昇をカバーすればよい、などといった印象を与え、結果として企業をミスリードし、経済の好循環を阻害することにならないよう、とくに注視していく必要がある。
Ⅳ.改めて考える春闘の機能――共闘体制の再構築を
会員・荻野登(独立行政法人、労働政策研究・研修機構リサーチフェロー)
(会報220号=24年5月25日号から転載)
2003年、経団連初の経済労働政策委員会報告は「賃金の社会的相場形成を意図する『春闘』は終焉した」と主張し、労働側に引導を渡した。
あれから20年、連合集計でみると昨年は32年ぶりの3%台、今年は34年ぶりの5%台の高水準の賃上げとなり、「春闘」は復活したかに見える。「終焉」どころか今年は、労使だけでなく政府も「物価に負けない賃上げ」「賃上げの継続性」といった点でベクトルを一致させ、こぞって「春闘」に期待した。
では、なぜ経営側が廃止しようとした「春闘」の賃上げが、長期にわたって停滞したのか。様々な議論があるが、一番の元凶は「デフレ」だったのではないか。もともと、賃上げ交渉の出発点はインフレによる購買力の損失を回復することだったが、90年後半からのデフレでその出発点が奪われ、春闘は形骸化してきた。
しかし、2023年春闘からは物価上昇への対応が不可避となり、春闘の本来の役割が問われることとなった。こうした点からみると2年にわたって続く実質賃金のマイナス状態は、春闘のもっとも重要な機能が果たされていないことになる。
もう一つ、賃上げを昨年に比べてもう一段加速させた背景には「人手不足」がある。その影響が顕著に表れたのが「初任給」の大幅引き上げだろう。高度成長期やバブル経済期では、人材獲得競争の熾烈化から、初任給の伸びが全体の賃上げ率を上回る時期が2~3年続いた(1960~62年、1990~91年)。今回も同じ経過をたどるとすると、初任給と賃金引上げのトレンドは来年までは続く可能性が高い。
中小企業も大手に人材を奪われないために、強気の賃上げに踏み切らざるを得なくなり、連合の集計によると、1991~93年には全体集計を中小の賃上げ率が上回った。こうしてみると、物価への対応に加え、労働需給のひっ迫がもう一段高い賃上げを後押ししている。
1970年代の初めに労使、エコノミスト等を招き1年半にわたって議論を重ねた経済審議会「物価・所得・生産性委員会報告」(通称・隅谷委員会報告1972年)は、日本の場合、「賃金変動は基本的に労働需給の動向によって規定される」と結論づけた。長期的に賃金と物的労働生産性の上昇がほぼバランスしており、「賃金が物価を押し上げる要因としては、ほとんど影響力をもたなかった」との見解を示した。
では、春闘の役割は何だったのか。同報告は「春闘方式が賃金決定機構として定着するにつれて、賃上げ額の単産間、企業間、規模間の分散を著しく小さくしている」と報告している。確かに、当時は鉄鋼労使が形成した春闘相場が民間だけでなく、公務員まで波及し、産業間・規模間の格差是正に大きく寄与した。その後、オイルショック経て、金属労協の集中決着へ移行してからも、こうした波及メカニズムは弱まりつつも維持された。
しかし、バブル崩壊とデフレにより、このメカニズムは瀕死の状態となり、「春闘」の終焉を経営側から宣告される。復活した「春闘」を総括する視点で、最も大切なのは何を失ったのかを確認することではないか。早期・分散・満額回答に特徴づけられるこの2年の経過を見るとき、労働側に求められるのは平準化を生むあらたな共闘体制の構築ではないだろうか。復活した「春闘」が3年目を迎える2025年こそ、波及メカニズムを生む共闘体制の再構築に期待したい。
Ⅴ.要求水準の妥当性に疑問 ―求められる連合の"新たなステージ"
会員・横舘久宣(フリーランス・エディター/ライター)
(会報220号=24年5月25日号から転載)
賃上げをめぐる春の労使交渉が始まった3月初旬の肌寒い朝、町内のごみ置き場にごみ出しに行ったら、そこで年かさの主婦らしき3人ほどが立ち話をしていた。その中の一人の発した言葉が妙に腹に落ちた。「出せるんだから出せばいいのよ」。ご亭主の勤務先のことを言っているようだった。
本年交渉では集中回答日を待たずに、大企業、有名企業が6%7%といった満額回答を出す例が相次ぎ、なかには組合要求を上回る回答も出た。4月に入って第4回集計結果では5・20%増、うち中小組合が4・75%増で、ここ10年でもっとも高く、連合は、賃上げの流れは引き継がれていると言う。過去最高のべ・アとか、初任給をどんと上げようというところも出てきた。
交渉はまだ進行途上だったが、なんだ企業は出そうと思えば出せるのか、という思いが否めなかった。要求を下回る適当な塩梅のところで手を打つ、妥結するというこれまでのパターンを見慣れてきた旧人類からみれば違和感にかられる。「5%以上の賃上げを目安とする」の根拠はなんだったのか。もっと高い目標、幅広の目安は案出できなかったのか。経営情報の共有は昔に比べ特段に進んでいると思う。経営の内情にもっと立ち入って分析し、経営側の計画を忖度したうえでより妥当な線をはじき出すことはできなかったのだろうか。
たとえばの話、よく話題になる内部留保(利益剰余金)積み上げのこと。企業全体の直近(2022年度)の内部留保は554・8兆円。2012年は304・5兆円だったからこの10年間で250・3兆円、8割がたも膨らんだ。ようやく企業はここから人件費をねん出するようになったとみられるが、もっと早い時期からそれが出来なかったのだろうか。要求する側が出し手の懐にもう少し立ち入って提案して悪くはなかったのではないか。もっと出せるのでは?という言い方があった。以上が一例だが、賃上げ原資のみならず賃金体系、働き方にも及んで議論し、使側に提案していいのではないか。
本年は、使側も賃上げを目指すという昨年に引き続く異例の幕開けになった。連合が、「賃金も物価も経済も安定的に上昇する経済社会へとステージ転換をはかる」と言えば、経団連は「デフレから完全に脱却できる千載一隅のチャンス」と応じた。連合は「カギは大企業から中小・小規模事業者までのすべての段階で、労働者が賃上げの効果を実感することにある」とし、経団連は、「2024年は23年以上の熱量と決意をもって、物価上昇に負けない賃金引き上げを目指す」と明言した。
目指すところの経済社会の認識とそのための手立てに相違は見えなかった。アベノミクス下、揶揄された"官製春闘"の影が薄くなり、労と使が同じ方向を向いて対座した。賃上げで労使のくつわが並んだのなら両者間に相反するなにものもない。このうえは連合には、労使問題をベースにしながらも国政全般に関与し責任を持つ強力なステークホルダーとして活動すべく"新たなステージ"にのぼることを期待したい。大きな社会的組織として使側との気脈を意識しながら政に対する存在感をいっそう固めてほしいと思う。
![報道陣でいっぱいの金属労協事務所](https://roupen.club/other/20240617c.jpg)
![3月13日の集中回答結果を掲示板に書き込む金属労協職員](https://roupen.club/other/20240617d.jpg)
![中小労組を抱えるUAゼンセンの掲示板は赤字の「満額」でいっぱい](https://roupen.club/other/20240617e.jpg)
Ⅵ.2024春闘ヒアリング12団体(前年+2)に実施 ―延べ217人の会員が参加
代表代理・西澤昇治郎
(会報220号=24年5月25日付から転載)
ヒアリング(聴取)は、労ペン活動の重要な柱であり、その代表的な一つが春闘ヒアリングである。今年は、経団連とのオンラインによる再開と新たに運輸労連が加わり、2月14日~3月8日にかけて別表のとおり実施した。
連合・各産別トップからは、「生活向上への実質賃金の引上げ、人への積極的投資による日本経済の好循環への転換」等、要求実現を目指す強い決意と社会的運動を重視する取り組み方針が披瀝された。
回答状況は、先行組合が軒並み満額を獲得し、連合の第4次集計(4月16日)では、賃上げ率(ベアと定昇)は平均で5.2%、中小組合でも4.75%と、1991~92年以来の高水準で推移している。
しかし、この背景には、政府の「構造的賃上げの確実な継続」要請に呼応した、経団連の「物価上昇に負けない賃金引き上げを目指すことが企業の社会的責務」との表明など、政労使の主張が相俟って、日本経済の課題克服に向けた賃上げの必要性が社会的趨勢となり、これが底上げに結びついていることも直視する必要がある。
その上で、この流れを確実に継続させるため、連合や各産別には、春闘を「後追い型」システムから、人への投資を軸に、産業・企業の発展と経済の成長に繋げる「先行投資型」へと転換させる。そのリード役を果たすよう期待したい。
一方、労ペンとしては、今後も参加者拡大や実効性を高める取り組みを進める必要がある。また、新しいステージの取り組み評価と検証など、春闘後のヒアリング実施の検討も課題と考える。
対象組織 | 実施日 | 参加者数 |
---|---|---|
UAゼンセン | 2月14日(水) | 16人 |
情報労連 | 2月15日(木) | 14人 |
全国ユニオン | 2月20日(火) | 15人 |
連合 | 2月20日(火) | 28人 |
経団連 | 2月26日(月) | 23人 |
運輸労連 | 2月27日(火) | 14人 |
全労連 | 2月28日(水) | 19人 |
JAM | 2月29日(木) | 23人 |
電機連合 | 2月29日(木) | 24人 |
電力総連 | 3月4日(月) | 6人 |
自動車総連 | 3月8日(金) | 19人 |
基幹労連 | 3月8日(金) | 16人 |
参加者合計 | 217人 |