特集

「世界平和」は構築可能だろうか

2024/02/26

 
会員・中島 敬方(元近畿大学教授)

1989年ベルリンの壁の崩壊に象徴される、いわゆる東西冷戦の終結から既に30数年を経た。二度に亘る世界大戦を経験し、さらにイデオロギー対立による戦争の危機と隣り合わせであった20世紀が終わって、21世紀こそ世界平和が構築される時代になってほしいという人々の願望は、残念ながら未だに遥か遠い幻想のように霞んでいる。半世紀以上前にジョン・レノンが「イマジン」と語り掛けた、国境も宗教もない世界は訪れる気配すらなく、今もまさに世界各地で戦争・紛争が繰り返されている。

ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエル軍のガザ地区での大量虐殺、軍事政権と戦う抗戦・内戦や民族独立を掲げる紛争、国家的威信をかけた領土拡大(回復?)の奸計等々、多くの戦争・紛争が現在進行形ないしは勃発寸前であり、その出口を探る動きは迷宮入りしたままのように見える。

18世紀末にイマヌエル・カントが『永遠平和のために』で、民主主義の普及が世界平和をもたらすと民主的平和論を説き、後にブルース・ラセット『パクス・デモクラティア』などもこれを支持・検証していたが、現実には民主主義と呼ばれる国家群は世界の大勢を占めているとは言えず、独裁主義(権威主義)国家群の方が数多くなっている。

そのため、為政者や国際政治学者の多くが「民主的平和論なんて非現実的な夢物語」と批判し、軍事バランス論や勢力均衡論に与するが、それでは戦争・紛争の火種を温存したまま、ちょっとした衝撃で発火して大火事・大惨事につながるリスクを受け入れろということに他ならない。

歴史を顧みると、日本をはじめ多くの国々では現在の国家体制が形成される以前には、地方の諸侯が乱立する戦争状態、即ち戦国時代と呼ばれるような内戦状態を経験している。それが統一されて現在の国家体制となり、少なくとも先進諸国では内戦の危機から解放されているのは、「民主主義」と「法治主義」が国家レベルで機能していることによるところが大きい。もちろん、先進諸国においても構成する市民や集団同士の間の対立・紛争は日々生じているが、それを武力(暴力)によって解決しようという発想は、ごく一部の異常な集団・個人を除いては見受けられなくなった。

一方で、こうした民主主義と法治主義による統治を世界(国際社会)に拡大していくには、大きな困難・障壁があることも事実である。国際社会の民主主義推進の期待を負っているのは、国連を頂点とする種々の条約機構である。国連は、国家間の対立・紛争を武力衝突ではなく、対話と交渉で解決していこうという理念をもって設立された機関であるが、現実は大国の利害対立によって機能不全に陥っている。安保理は5大国が相互に拒否権行使することによって、なかなか有効な決議が出せなくなっているし、総会決議も強制力を伴わないために、当事者国が自主的に受け入れない限り効力を生じない。

国際社会における法治主義もまた強制力の欠如によって実質的な機能を果たせないでいる。勿論、国際社会においても「裁判所」は重要な役割を果たしており、国際司法裁判所(ICJ)や国際海洋法裁判所(ITLOS)、国際刑事裁判所(ICC)、国家間紛争の解決を目的とした世界貿易機関(WTO)の紛争解決機関(及びその下に設置される小委員会)なども、裁判(あるいは仲裁)機能をもって法的秩序の維持 に多大な貢献をしていることは否定できない。しかし、このような国際裁判所では紛争当事国による事前の合意(又は事後の合意)がなければ手続が開始されないし、判決にまで至ったとしてもそれを強制的に遵守させる手段がない(判決の履行は、紛争当事国の自発的遵守に依存している)。

では、権力構造が中央政府に集権されている「国内」と異なり、それぞれの国家に主権が分散している「国際社会」においては、民主主義と法治主義に基づく統治(governance)なんて永久に実現不可能だろうか。譬えば国連が世界政府の機能を果たし統治していくようなことは、たしかに夢物語に過ぎず実現性を感じられないかもしれない。しかし、「国内」において民主主義と法治主義による統治を可能ならしめているのは、その前提として基本的人権の尊重が相互の利益につながるという人々の合意が社会基盤として形成されてきたからであると思う。
国際社会においても国家主権を尊重しつつ、「国家」の権利を真に保障するために、共通に遵守していくべき規範を相互確認し条約化していくことは時間がかかるにしても決して不可能とは思いたくない。既に約80年前に掲げられた国連憲章第6章、第7章に実効性を持たせるべく、国家のエゴより優先すべき「普遍的価値観」を問い直し、国家主権の中から交戦権(自衛権を含めて!)を「国連」に委譲するコンセンサスを拡げていく歴史的取り組み、つまり国連を世界唯一・最大の(非)軍事同盟化するための試行錯誤が継続され、いつの日か結実することを期待したい(私自身、それを生きて見届けることは無理っぽいが...)。

中島 敬方
(ビューティ&ウェルネス専門職大学 教授)

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