2026/09/14
公益財団法人日本殉職船員顕彰会主催による「戦時徴用船遭難の記録画展」は、今年で52回目。もともとは、戦時中、戦争遂行のため軍に徴用された民間船が連合軍の手で襲撃を受け、消滅していくのを目の当たりにした大阪商船の岡田永太郎社長が、嘱託画家・大久保一郎氏に密かに命じて書かせていたもの。大久保画伯は生き残りの船員らの証言などをもとにリアルな遭難現場を30号の油絵として再現した。枚数は80枚とされるが、紆余曲折の結果、1982年に大阪商船のビルの地下から37枚の貴重な絵画が発見されたという。
資料によれば、この攻撃などにより、約7200隻(総トン数約880万トン)が海の藻屑になり、犠牲になった船員は6万人を超えたといわれる。徴用船遭難の「生き証人」37枚の中には、海軍徴用船「ぶら志"る丸」「護国丸」、陸軍徴用船「瑞穂丸」「九州丸」の最期の姿のほか、沈没船から逃れたもののサメの集団に襲われ格闘する船員たちの姿、遭難した敵船の乗組員を助ける船員の姿を描いたものもあった。会場のビデオ上映コーナーでは、徴用船の悲劇を伝える番組も放映され、来場者は画面に食い入り、ナレーションに耳を傾けているなど、会場には厳粛な雰囲気が漂っていた。
労ペンでは、25年度の労働遺産のひとつとして、「画集戦時徴用船の最期」として、この悲劇を伝える油絵37枚を認定し、今年1月、株式会社・商船三井に認定証をお渡ししている。なお。会場では、「戦没戦員の記録 労働遺産に」との見出しで、労ペンが労働遺産に認定したことを伝える朝日新聞かながわ版のトップ記事のコピーも配布されていた(ホームページ編集部)。
戦時徴用船の遭難絵画展の会場
記録画展のちらし
