私の主張

<4>いじめ、嫌がらせのない 快適な職場づくりを労ペン第3代代表 飯田 康夫

2021/11/22

 

マスメディアが発信するニュースから明るい話題や元気の出る報道、日常の生活に充実感が味わえる記事を期待したいものだ。だが、とかく伝わってくるニュースには、暗いものが多い。とりわけ、子どもの世界でのいじめ、嫌がらせ報道には、心が痛む。同時に、人生経験も豊富で、常識・良識を兼ね備えているはずの大人の世界にも"いじめ・嫌がらせ"といった陰湿なハラスメント・妖怪が蠢いているようだ。
そこには、働く人の人権や尊厳が蔑ろにされ、時に人間否定という現実にさらされ、職場が病んでいるとしか考えられない姿が浮き彫りとなってくる。いじめにあって精神障害を発症、自ら命を絶つという痛ましい事件につながるケースもままみられる。これでは働き方改革も絵にかいた餅に過ぎない。いま求められる生産性向上とか、社員のモラルアップも実現しようがない。当然、企業経営上も大きな損失につながるだけだ。

この12月には、「職場のハラスメント撲滅月間」が展開され、同月10日には、「職場のハラスメント対策シンポジウム」がWEBでひらかれる。2022年4月1日からは、「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務となる」など、いじめ・嫌がらせをなくし、快適職場づくりが前進することになる。果たして義務化がどこまで浸透するのか、しっかり注視していきたいものだ。

ところで、パワハラの現状は、どうなっているのか。どのようなパワハラ行為がまかり通っているのか。連合の「なんでも労働相談ホットライン」を覗くと、毎月の相談件数の中で、パワハラ・嫌がらせ相談が、雇用契約や解雇・退職強要よりも比率は高く、常にトップを占めている。厚労省の総合労働相談コーナー(各都道府県労働局)に飛び込んでくる100万件を超える(令和元年度111万8,000件)相談のうち、民事上の個別労働紛争の相談件数は26万6,535件、そのうち、いじめや嫌がらせの件数は8万1,707件で飛び抜けて多いなど、パワハラ事案がいかに多くの職場に蠢いているかが分かろうというものだ。

では、どのようなパワハラ行為が蔓延っているのか。いくつかの行為が挙げられるが、主なケースとしては、①暴行・傷害などの身体的な攻撃、②脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言などの精神的な攻撃、③隔離・仲間外し・無視などの人間関係からの切り離し、④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害など過大な要求、⑤業務上合理性がなく、能力や経験とかけ離れた低い仕事を命じる、仕事そのものを与えないなど過小な要求、⑥私的なことに過度に立ち入るなど個の侵害などが指摘される。

上記のいじめ・嫌がらせ行為の発生割合を厚労省のデータからみると、次のようだ。
もっとも目立つパワハラ行為は「精神的な攻撃」で54.9%、次いで「過大な要求」が29.9%、「人間関係からの切り離し」が24.8%。「個の侵害」が22.3%、「過小な要求」が19.8%、「身体的な攻撃」が6.1%という分布をみせる。 その多くは、職務上の地位や人間関係などで優位な立場をバックに、相手側の心身に苦痛を与えるなど社会的常識を大きく逸脱した陰湿ないじめ・嫌がらせだ。

小生が平成8年から同13年まで務めた労働保険審査会委員として関わってきたパワハラ事案など具体的なケースを何点か紹介し、パワハラという名の妖怪が如何に蠢いているかを知ってほしい。そしてどう防止策を組み立てるかを考えたい。

その1.店長のAさんは月100時間を超える恒常的な超長時間労働に加え、新店舗オープンがAさんの双肩にのしかかり、厳しいノルマが強制され、上司や役員らから感情的ないじめ・嫌がらせ・叱責が繰り返され、心身の疲労から精神障害を発症、自殺に追い込まれた。
その2.経理事務職のBさんは、経営幹部から言葉汚く、誹謗・中傷、叱責、時に卑猥な言辞など嫌がらせを受け、うつ病を発症。
その3.新入社員のCさんは、入社1か月目頃から「仕事の覚えが悪い」などを理由に先輩から日常的に叱責、叩く、小突く、拳で殴るなどの暴行を受け、指導の範疇を超えた暴力行為が日常茶飯事繰り返され、先輩らは刑事事件として傷害罪の判決を受けるほど。
その4.販売担当のDさんは、上司より高い売り上げ目標を課され、達成が困難になると、上司から叱責や嫌み、時に顧客の前でも厳しく叱責されつづけ、上司に恐怖心を抱き。ある日、自宅で縊死した。

取り上げれば切りがない。これらから見えてくるのは職場が病んでいるとしかいいようのない現実。果たしてこれで職場の業務がスムースに運営されていけるのだろうか。
いじめ・嫌がらせ、パワハラをなくすには、経営トップ自ら範を示し、パワハラ撲滅に向けた熱いメッセージを発信し、パワハラは許されない行為であることを職場の隅々まで行きわたらせるべきだ。
上に立つものは、人を育てる責務がある。愛情をもって、教えを含んだ叱りは、相手に通じるはず。ただ、注意したいことがある。いじめ・嫌がらせなのか、仕事上の指導なのか、線引きが容易でないことだ。必要な指導を適正に行うことまで、ためらってはならないということ。快適職場をめざし、誰もがのびのびと仕事に取り組めるよう、経営サイドも労組幹部もパワハラ追放に向け、意識改革を求めたい。
人間の尊厳、労働の尊厳を優先し、他人の人格を大切にする姿勢が職場にみなぎることが、快適職場づくりの第一歩であろう。


■いいだ・みちお

労ペン立ち上げのお一人として3代目代表も務めた(会員番号:002)。産経新聞編集委員、論説委員。エフシージー総研取締役上席研究員、労働保険審査会委員等、労働ジャーナリスト歴65年・88歳米寿。他、昭和8年~同9年早生まれの8、9をもじった「破竹の会」会員(会員名簿には黄泉の世界へ旅立たれた連合2代目会長芦田甚之助氏・小粥義朗元労働省事務次官の名も)

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