私の主張

福祉国家の限界と日本型共同決定制

2024/04/01

 
会員・高木雄郷(経営民主ネットワーク事務局長)
〖近畿大学商経学会・商経学叢・第70巻第2号(2023年9月)〗から転載
はじめに

日本でも、コロナ禍で企業の不正や不祥事、格差・差別、各種のハラスメントなど労働社会問題が相次ぐ中、こうした事態を払拭するための企業統治(コーポレートガバナンス)の改革論議が大きなうねりをみせている。とりわけ市場万能と資本優先の新自由主義のもとで、「格差(unequal)社会」を超える議論が活発だ。事実、「人新世の資本論」で話題を呼んだ斎藤幸平氏と、フランスの社会経済学者であるトマ・ピケティの思考がクローズ アップされている。本稿では、こうした社会政治状況を踏まえて、労働者経営参画によるコーポレートガバナンス改革をはじめ、日本における新たな「経済民主主義」の在り方、実践ビジョンを論じたい。

1.トマ・ピケティと斎藤幸平の思考の相違点

一口で、斎藤幸平論の特徴は、資本主義超克の社会経済体制として、「脱成長のコミュニズム」を提起していることである。具体的には、(1)生活の基礎・公共インフラ(水・ 電気、ガス事業及び教育・医療・介護など)をコモン(共通財産)として、社会的所有・ 共同管理を行う。このプロジェクト・ガバナンス強化を図るために、市民や労働者代表らが非常勤理事として(運営)参加する制度を法定化する。

また、(2)中国やロシアなどの官僚制国家資本主義に反対し、国有国営企業と私企業のコルホーズ化、労働者の自治管理「ワーカーズ・コープ(労働者協同組合)」を(1)を除く、全産業に拡大導入する。このため、(3)現在のオーナー経営者や株主支配企業が利益の最大化を求めて競う上場市場と株式会社の機能停止、廃止を進める志向だ。

これに対して、ピケティの試案では、前記(1)に関して、非営利法人組織の社会的所有・自主管理(Autogestion)を実施する。そのために、非営利法人組織における出資者(株主)の理事会(取締役会)での議決権を1/3に制限。(2)と(3)においては、社会的市場経済の整備の中で、企業(営利法人組織)における労使共同決定制度の法制化を推進する考えである。基本的に、従業員10人以上の民間企業に対して、ワーカーズ・コープではなく、労資完全同権の2分の1共同決定法制度を全面適用する構えだ。

すなわち、ピケティの社会思想はドイツやスロベニアなどで進められている「経済民主主義」(企業収益への従業員参加の促進と経営民主化=労働者経営参画制度;Workers Board Level Representative)による企業統治制度に由来している。そして、あくまでグローバルな見地から全ての企業(職場)の社会正義・民主主義強化、所得格差の是正、地球環境の保全という普遍的価値観に基づく「参加型社会主義」モデルを提供していることは間違いない。その意味で、巨視的観点から、私(筆者)と同じ思考、立場にある。

2.日本のコーポレートガバナンス・ビジョンについて

そこで、以下に経済民主主義による「日本型共同決定制」の意義・役割を提起しよう。

(1)役員会への従業員代表の参加の必要性

「労働組合が取締役会に参加し、発言・提案することが企業に有益であり、その経営監視・監督機能は独立社外取締役ではカバーできない」(小池和男著『企業統治改革の陥穽』より)と。

これは、2015年に東京証券取引所と金融庁が導入した「コーポレートガバナンス・コー ド」の基準である機関投資家などからの社外取締役の複数選任に対抗したものといえ、ドイツの共同決定制モデルを手がかりに、従業員代表(労働組合)の取締役会への直接参加の必要性を強調した「労組を活かす経営」を謳う新・企業統治改革論である。

小池は、この本の中で、企業統治改革でいえば、米国流の外部からの監視、社外取締役 の必要性が叫ばれるが、「本当にそうなのか」と疑問を投げかける。なぜならば、米国で社外取締役を選ぶのはCEO(社長)であり、そのお「友達」を選ぶことが常識だと言われる。だが、その産業(現場)の経験もなく、いかに高邁な人格でも、パートタイムの参加でその企業の急所を把握できるだろうか。それで企業が厳正、適切に行動し、社会的責任(CSR)を果たせるのか、と。そこで、小池は社外取締役に較べ、その企業に職業的 生涯をかけた従業員代表=労働組合の経営への発言、チェックを重視する。取締役会への「労働者参加」は、企業の生産性を高め雇用の安定・拡大にとって不可欠なルートだと指摘。特に、市場経済の下では、長期の雇用は企業の長期の競争力に大きく依存するとして、それを高めるにはイノベーションにせよ、人材形成にせよ、時間がかかる。こうした 長期の投資を後押しする一翼を労働組合にこそ期待するというのが、この本つまり経営統治改革の「結論」であろう。

小池は、この本の最後の章「長期の競争力と労働者の発言」で、企業役員会への従業員代表(労働組合)の参加の重要性を強調した。1977年と84年「労使コミュニケーション調査」(労働省主管)を取り上げて、日本の労働者のかなりは、役員会へ労働者代表を送り込む方式も希望している。労働者の企業経営への発言というなら、この方がはるかに直截である。もし、労働者が長期の雇用の確保を重視するならば、この方こそ格段に効果が高いであろうという。 なぜならば、長期の雇用は企業の長期の競争力にカバーされており、その国際競争力を左右するのは設備投資であり、研究開発投資であり、人への投資・人材形成である。それへの資金配分を決定するのは役員会であって、労使協議制ではないからだ。その肝要な場に従業員代表 を送り込む必要性を説くわけだ。

この従業員参加方式の効果として、職場で働く労働者たちに、企業についての信頼できる経営情報(生産・販売実績、その見通しや競争相手の状況など)が詳しく提供された。その結果、ドイツでは激しいストライキなしに雇用を削減できたと。しかし、この実態調査はあくまで資本・経営者側の見方であって、労働者側にとっても、「フォルクスワーゲンの米国への工場進出の際、国内の雇用を心配して、従業員代表が反対したために、経営者側も議決を強行せず、翌年満場一致にしたケースがあり、それでも企業業績は良好だった」(小池)ことは特筆されよう。また、企業投資計画につき、長期の投資のリスクを避けようとする株主側(監査役)に対し、従業員代表側は長期の雇用安定を強く望む職場の中堅層の意向をよく反映した効果を挙げた。筆者にとって、「小池試論」は日本のコーポレートガバナンス改革、労働者の経営参画制度の導入、法制化を考えるうえで、貴重な示唆を与えてくれた。

(2) 金融庁・東証のコーポレートガバナンス・コード改定への評価

東京証券取引所が2018年6月に改定されたコーポレートガバナンス・コード(企業統治 指針)においては、従業員との関係では「株主以外のステークホルダーとの適切な協働(企業価値を高めるために共につくる・広義のコミュニケーション)」や「適切な情報開示と透明性の確保」の原則しか示されておらず、依然として、株主重視・優位のコーポレー トガバナンス・コードである。

他方、株主や投資先企業との建設設的な対話を実践する動きが広がったことから、同改定では「独立社外取締役の複数選任と取締役会の多様性等」が新設されたのが大きな特徴点である。

しかしながら、この基調は3年ぶりに改定されたコーポレートガバナンス・コードにおいても変わっていない。実際、2021年6月11日に施行した改定コードでは、①取締役会の機能発揮、②企業の中核人財における多様性の確保、③サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性をめぐる課題への取組み)を主要ポイントに挙げている。また同時に、「投資家(資本)と企業の対話ガイドライン」も確定となった。

この中で、一番重要視しているのは、①で企業価値の向上のため、取締役会での「独立社外取締役」の割合をプライム市場上場企業において3分の1以上選任(状況によっては 過半数の選任検討)や指名委員会・報酬委員会の設置(プライム市場上場企業は独立社外取締役を委員会の過半数選任)などによって、透明・果断な経営判断による攻めのガバナンスを促進する考えだ。

しかし反面、株主以外のステークホルダー(従業員)との関係・対話の向上面では、取締役会は、「人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇」確保を新設したにすぎず、上場会社はステークホルダーに対する適切な協働を欠いては、その持 続的な成長を実現することは困難に留まっている。その際、資本提供者は重要な要であり、「株主は企業ガバナンスの規律における主要な起点・優位者である」ことに変更は無いわけだ。

日本の企業統治指針は, 英国アングロサクソン流をモデルにした経緯が あり、その英国が2019年1月スタートしたコーポレートガバナンス・コードの改訂で、従業員の意見を経営(取締役会)に反映させるための手法を規定。「従業員の指名による取締役の任命(従業員代表の招聘)」、「正式な従業員諮問委員会(会議)の設置」など、従業員経営参加のコーポレートガバナンスの枠組みを提示している。だが、日本のコード見直しでは,ドイツ・北欧モデルは勿論、英国の水準にまで到達していないのが現実である。

また, こうした状況の中, 資本市場においてESG(環境・人権・ガバナンス)情報を投資判断に組み込み, 長期的な投資リターンの向上をめざす,いわゆるESG投資が世界的に拡大しており、日本においても, 社会経済の民主化と企業ガバナンス強化の立場から女性活躍, ジェンダー平等の推進が優先課題となっている。

この観点からも、今後の日本の企業統治改革の最重要課題としては、企業のグローバル化、資本系列化の拡大に伴う<企業グループのガバナンス強化>のために労働者代表(労働組合)の経営中枢への経営参画と、グループ全従業員の組織化が必須条件だといえる。その意味で、多大化するEU(多国籍)企業や欧州会社の再編問題等で労働者の雇用保障を優先した雇用調整の取組みや、欧州労使協議会(EWC)と労働者代表取締役(監査役)制度を通じて、従業員が企業経営に係る事項に関して発言、共同決定する労働者参加 を拡大深化させているEUのコーポレートガバナンス制度改革から学ぶべき必要性があるだろう。

3.JAM大阪の事例から

現場から、大阪の金属系中小労組を中心に、「労使経営協議会」法制化の動きが高まっている。事実、2008年秋のリーマン・ショック以降、大阪では、金融・経済危機の影響で 倒産が相次ぐ一方、企業不祥事や経営破たんなどの要因としてコーポレートガバナンス(企業の監視・監督)の弱体化がクローズアップされた。しかし、反面、経営施策に関して会社と「事前協議同意約款(共同決定)」を締結している金属労組においては、工場閉鎖・譲渡などの合理化・企業問題に対し、逆に「企業再建プラン」を提起し、大衆闘争を背景に交渉を展開した結果、企業の合理化・リストラ案を撤回させ、職場と雇用を護ったケースが少なくない。

JAM大阪によると、2009年度の合理化企業問題の発生状況は、提案が206単組・331件、うち3分の1で完全実施された。これに対して、会社側の提案を拒否し撤回、また計画を修正させた労組は、いずれも経営施策等に関する事前協議(同意)制を確立している。 例えば、鉄線・釘・ねじを製造販売しているA会社(従業員50人)の労組では、業績の悪化が続き、新たな合理化提案が予測された。このため、2008年8月に「工場存続・発展 のための労働組合からの提言」をまとめ上げ、経営側に要求した。その内容は、経営体質の改革と生産管理体制の抜本強化をめざす「工場再生の7つの柱」である。この中長期再建策を、労使経営協議会を通じて経営側に同意させた。

この辺の事情について、中小労組を多く抱える JAM大阪(350組合・組合員約4万6,000人)では、 加盟労組で労働協約によって、企業と「事前協議同意約款」(労使経営協議制)を締結している労組は約4割ある。企業再編・再生等への労働組合の関与を拡大強化し、コーポレートガバナンスにおける労働者の発言ルートを確保するには、「労働者代表制の導入と労働者の経営への参加決定権の法制化が緊急課題だ」と訴えた。

苦境からの脱却と日常的な経営基盤の強化にも、労使対等を前提とする労使経営協議制を中小企業等全国に拡大、社会化するために法制化が必要だと提起する。

このため、JAM大阪では、労働組合の経営基盤強化のために、日常的な全労働者(組合・従業員代表委員会)による「企業体質改善強化のためのチェック・リスト」は、 ①生産体制の点検=仕事量、製品、納期、生産設備、作業量・方法、品質、生産管理体制、人的資源、②営業体制の点検=販売方針、アフターサービス、販売ルート・方法、販売価格、営業管理体制、③製品開発、技術開発の点検、④企業管理体制の点検、⑤安全衛生の点検、⑥コンプライアンス(法令遵守)の点検、⑦権利の点検などの経営チェックが必要だとしている。

この面で、ドイツのIGメタル(金属産別労組)は、企業経営を労使対等の立場からコ ントロールするために、共同決定システム(法)を担うことが出来る人材育成制度を整備しているが、日本の労働組合も、企業経営に対等に渡り合える能力の陶治、「コーポレートガバナンス労働教育」の拡大推進が重要である。こうしたことから、JAM大阪の主導の下、加盟単組の経営分析研修会の定期開催などを実施している。

4.企業グループのガバナンス強化と労働組合の果たす役割 ― 日本ハムの場合 ―

次に、日本ハム労組(正式名称「全日本ハム労働組合」)におけるグループガバナンス強化の取組みを紹介しよう。 現在、同労組には9つの労働組合が結集し、組合員総数は約7,800人で構成されている。9つの労働組合は会計と規約を共有しており、組合専従者は出身会社や出身組織に関わらず各単組を襷掛けで担当している。経営の方針を決定する日本ハム株式会社に対して、経営協議を行えるのは日本ハムユニオンであるため、本社の日本ハムユニオンの専従者が全日本ハム労働組合の8つの労組役員を兼務することで、グループガバナンスを強化しているのが実相である。

一方、「ニッポンハムグループユニオン」という連合体も組織している。同グループユ ニオンはニッポンハムグループの21組合で構成しており、組合員総数は約9,600人。ニッポンハムグループユニオンは緩やかな連帯で定期的な会議の開催を行い、主にグループの方針や経営協議会の議事録等の情報共有を行っている。

日本ハム労組が "ガバナンスの強化" に取り組むきっかけとなったのは、過去の企業不祥事であることは論を待たない。

周知のように、日本ハムでは2002年8月6日に国の補助金申請に関わる食肉の偽装事件が発覚した。当時、BSE(狂牛病)が発生し、国産牛肉を対象に市中への流通を防ぐために国の買い取り制度が設けられた。事件は、日本ハムのグループ会社が輸入牛肉を国産牛肉と偽り、補助金を不正に受給しようとしたことから始まる。事件の発生要因としては、グループ会社の当該営業所長が売り上げ減少による在庫過多を解消するために買い取り制度を悪用するという独断的指示を行ったことが挙げられよう。不正な処理を行った営業所は限定的であり、会社が指示をしていたものではなかったため、当該営業所のみの判断だった。

また、当時、当該グループ会社には労働組合がなく、経営に対するチェック機能が働かなかったことも、一つの発生要因になった。事件発生当時の会社の状況としては、過度な業績至上主義であったと、労組側は見ている。

この事件に対する労働組合の対応手段としては、親会社(本社)に緊急の労使協議会を申し入れ、事件の経緯報告や従業員の雇止め・不利益な取り扱いに関しての協議を行った。また全国のオルグを随時開催して、組合員の声と現場の実態を経営陣に訴えたという。

一方で、この問題に取り組むときの労働組合の体制は、日本ハムユニオンという日本ハム株式会社の従業員で構成している組合を中心に対応せざるを得なく、グループ会社が起こした不祥事であってもグループ全体に影響が及ぶことから、「コンプライアンスの課題というのはグループ会社全体で取り組まなければ、不十分である」(白神直大全日本ハム労働組合委員長)との認識を改めて持ったわけだ。

このための対策として、本社は「コンプライアンス体制の構築」を掲げており、各社、各職場に「コンプライアンスリーダー」を設置して、全社のコンプライアンスに関する方針の浸透を図っている。具体的には、年に1回、コンプライアンス大会という全従業員を 集める大会を各社、もしくは各職場で開催している。また、大会の運営や現場の従業員の 相談役になるようなコンプライアンスリーダーを設置している。その「コンプライアンス委員会」は、取締役会の諮問機関の役割を持っており、メンバーは、社長、副社長、担当役員、それ以外に社外取締役とオブザーバーとして社外監査役、そして従業員代表として労組委員長で構成されている。委員会では、提案に対して委員の合意形成が図られなければ取締役会には諮問されないため、従業員代表(組合)の意見が反映される機能になっている。

いずれにせよ、同社のグループガバナンス強化の取組みには、労働組合がしっかりと経 営中枢に参画していくとともに、全従業員の組織化つまりグループ各社と非正規従業員の 組織化が欠かせない考えだ。そのうえで、「グループ全体での労使コミュニケーションの 充実を図る」というコンセプトの基で、「グループ経営協議会・労使懇談会」の拡大強化 に取り組んでいる。

日本ハムの事例で分かるように、企業グループの労使コミュニケーションの拡大強化 は、経営危機をチャ ンスに生かすための労働組合運動によるところが大きい。即ち、労働組合自体の戦略的な運動に向けた決断と実行力が極めて重要である。労働組合の組織化運動により、子会社及び企業グループレベルでの労使関係の対等性の構築が必然なのだ。

また、企業グループ経営のガバナンス強化に伴い、子会社の団体交渉が自主的に行われているのかを検証し、親会社の使用者性が認められれば、それに相応しい責任を負うようにしなければならない。さらに、使用者性の解釈拡大や法律改正の必要性があるのかも検証すべきである。要するに、企業グループレベルでの経営資源(ヒト・カネ・モノ・情報など)の効率利用に向けて、個社の壁を超えてグループ(親会社)との一体性を高めることが大切であり、それに向けて労使コミュニケーションの構築を図らなければなるまい。それには、当然のことながら、パート・有期契約、派遣社員などの非正規労働者を含めるべきである。

今日、我が国の労働組合組織率の低水準を踏まえて、無組合企業や企業グループレベルにも労使コミュニケーションの活性化に向けた政策対応、労働者代表制の法制化が強く求められている。これによって、増大する企業グループでの経済民主主義、ガバナンス強化をはかる労働組合の使命・役割がある。

5.「労使経営協議会法」(第二次改訂案)の概要について ― 企業社会の真の民主化に向けて ―

では、最後に, 経営民主ネットワークが2019年8月開催の第4回労使経営協議会法第2次改訂案検討委員会(主査・高木雄郷事務局長)でまとめた「労使経営協議会法」(第二次改訂案)を概説したい。

この法案の目的は、第一に CSR(企業の社会的責任)確立のため、民主的権利としての労働者のコーポレートガバナンス(企業統治)への参加、すなわち労働者の経営参画権を法的保障し、労働者の情報入手権、協議権、決定参加権を定める。要するに、企業の不祥事やリストラを防ぐコーポレートガバナンス強化には、労働者の経営参画、労使協議(同意約款)と情報公開が重要である。

この意味で、労働者の経営への参加によるコーポレートガバナンスの強化と制度化は、 雇用労働者の大半が働いている日本の中小企業の経営民主化と経営革新を促進する非常に強力な手段になる。特に、この法案の特徴は、労働者を代表する取締役を管理する新しいシステムとグループ労使経営協議会の法律を導入したこと。たとえば法人である事業体では、全労働者集会によって任命された人を取締役に加える必要がある。

また、企業(グループ)経営の持続可能な開発(SDGs)、職場におけるディーセントワーク(安心・働きがいのある人間らしい労働, ESG)を実現することによって、労働者の福祉増進や企業の健全性の確保・発展と民主化をはかるとともに、国民経済全般、国際社会に寄与することを目指すものである。

そして、この法律は、人間尊重と参加民主主義の理念に立ち、この法律に規定する事業体、民間部門・公的部門に適用される。対象は営利部門、非営利部門を問わない。中小・ 未組織労働者や派遣・非正規労働者等も、この法律の適用を受ける。

この法律の適用範囲は、労働基準法の適用される全ての事業体のうち、常時10人以上の労働者を雇用する事業体とする。ただし、労働組合を有する事業体は、労働者数に限定されず、この法律の適用を受ける。

特に、2015年12月にまとめた労使経営協議会法改訂案と違い、この法案は、新規に欧州労連の提起した「労働者代表重役制」(エスカレーター基準)を拡大導入したのが最大特徴だ。

労使経営協議会法第二次改訂案の主なポイント(要旨)は、次の通りである。

  1. 事業体は、労使同数で構成される「労使経営協議会(Works Council)」の設置義務(全従業員が選出する労働者代表委員会の設立も同じ)。
    ・労使経営協議会労働者側委員の選出方法については、過半数労働組合がある場合、 その当該労働組合に委ねられる。
    ・その事業体に非組合員(未組織労働者)がいるときは「比例配分方式」で選出される。ただし、完全な無組合の事業体でない限り、労働組合から最低1名の労働者側委員を優先選出する。
    ・労働組合が無い場合は、その事業体の全労働者による投票で労働者側委員を選出。その委員選挙は、経営民主センターや産別・地方労働組合が協力する。
  2. 親会社と直接・間接子会社の連結決算関係にあるグループ企業においては、労働者側の要求により、「グループ労使事業体別経営協議会」を設置する。
  3. 使用者は、労働者代表委員会に対して、経営計画(総合経営戦略を含む)や予算、人事・雇用政策、財務情報などの経営情報及び非財務情報を提供する義務がある。
  4. 前記の経営情報等を基に事前協議・決定権が(中央)労使経営協議会に付与される。
    ・過半数労働組合(複数組合可)がある場合、(協議で合意出来ないときは)共同決定(交渉)権を有する。
    ・この主なる共同決定事項は、「M & A(合併・買収)、企業分割、工場閉鎖・移転 等の企業再編」や「新技術・機械(A I・ IoT)の導入に伴うリストラ・合理化計画」「生産、販売・サービス制度の変更」などの雇用計画に関わる経営変更に際して、交渉権を持つ。
    ・労使経営協議会で3ヵ月間協議を尽くし、交渉しても一致しない場合、「経営協議調停局」に調停申請。ただし、過半数組合(同)が無い場合は協議のみで打ち切られる。
  5. 株式会社たる事業体(従業員50人以上企業)では、労働者が選出した者を監査役会に加えねばならない。その監査役選出については、労使経営協議会労働者側委員の指名する者が株主総会の議決によって選任され、労働者代表として監査役会に複数(2名以上)参加する。
  6. 株式会社たる事業体(連結決算のグループ企業を含む)では、労働者が選任した者 を取締役会に加えねばならない。
    ・取締役選出については、労働組合の指名、推薦する者が全労働者集会の議決によって任命され、労働者代表として、取締役会に3分の1(従業員100人以上企業)または2分の1(従業員1,000人以上企業)参加する。 ・労働者代表取締役は、非常勤・無報酬、かつ団体交渉には参加することができない。会議参加費や職務を遂行するのに必要な経費は企業が負担する。
    ・労働組合の企業経営への決定参加権は、経済的責任を負わない。すなわち労働者(組合)が全労働者集会の議決(同意)を得て、提起し、労使合意して実行された 経営施策に対して、最終な経営責任は所有権が前提となる経営権をもつ株主代表の 取締役(使用者)側が負う。
  7. 従業員1,000人以上企業の取締役会で、労使同数の票決で決まらない場合、労使の 共同選出した中立委員が(経営執行人事も含む)最終決定権を持つ。

以上、日本のあるべき労働者代表制(=労使経営協議会)法案の目的・要旨を論じた。

この法案は、ILO が提唱する社会正義の拡大とディーセントワークの実現、ISO26000の確立の上で制定することが必須条件だ。また、いま論争となっている社会的経済格差や分配の不平等を是正するためにも、日本経済を健全かつ安定に運営するためにも、労働者の利益と社会的権利を護る労働者経営参画の新たな法制度が重要である。

経営民主ネットワークでは、その視点から、2019年10月4日、連合に対して「労使経営協議会法」(第二次改訂案)の制定推進を要請した。そして、現在、法政大学大学院に開設されている連合大学院の教科コースに、経営民主ネットワークが2017年春に創設した 「コーポレートガバナンス労働教育講座」を導入するよう求めた。要するに、労働者の企業経営に対等に渡り合える能力の陶冶、経営民主化教育の一環である。

日本の労働社会運動の未来・活性化にとって、「共同決定制」いわゆる「(グループ)労使経営協議会」と「労働者代表取締役・監査役制度」の法制化は、これからのデジタル新時代に対応する人間主体の働き方や労働者(ステークホルダー)重視の企業統治制度改革、組織拡大強化の有効手段になることは間違いない。

全ての労働者のために。企業社会の真の民主化に向けて、文字通り「新しい資本主義」 やステークホルダー資本主義を超える「日本型共同決定制」による新たな勤労福祉連帯社会の実現をめざそうではないか。

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