2024/12/16
旬報社 2000円+税 評者 保高睦美会員
(会報221号=24年10月5日号から転載)
江東区に住んで20年以上になる。現在の江東区は、マンションや商業施設が立ち並び、戦前は大規模な紡績工場を中心とする工場の町であったとはちょっと気づかない。本書は、そんな私に下町の労働運動の歴史を教えてくれる格好の教科書である。"教科書"といっても、堅苦しい無味乾燥の本ではない。沢山の資料に裏打ちされた事実を元に、労働の現場の状況や争議の様子など、時には当事者の会話なども交え、臨場感をもって書かれているので、労働史初心者にも読みやすい。
例えば、東京モスリンでのストライキの場面では、「警察は会社の犬だ。給料を少し上げてくれと言ったって、さっぱりらちがあかないからストをやったんだ。なんにも悪いことじゃねえ」「友愛会でなければ会社は相手にして話を聞いてくれない。友愛会は私たちの見方なんだ」など、現場のやり取りが目に浮かぶようだ。
女性労働者にも目配りがきいていて、東京モスリンの山内みな、帯刀貞代、秋葉原のキャラメル工場の佐多稲子、松竹の「男装の麗人」水の江瀧子も争議団長だったとは知らなかった。紡績工場の女工や東京市電の女性車掌の権利を勝ち取る闘いも描かれる。
あそか病院(江東区住吉)も賛育会病院(墨田区太平)も、貧しい工場労働者が住んでいたからこそ、この地にできたという歴史を再認識した。本書は、「下町ユニオン」の連載「下町労働運動史」を一部再編集してまとめたもので、明治時代から昭和時代の戦時下の労働運動までを描いている。憲法28条で労働三権が保障された戦後の労働史はどのようなものだったのか、続編の上梓が待たれる。
本書で登場する工場の跡地はどうなっているかというと、東京モスリン吾嬬工場跡地は文花団地(墨田区)、日清紡績は亀戸二丁目団地(江東区)、大島製鋼所は大島四丁目団地(同)と、労働運動の古戦場の多くは大規模団地となり、庶民の生活の拠点となっていることにも歴史の妙味であろう。