私の主張

「東欧のシリコンバレー」ウクライナ

2022/04/25

 
会員・小林 良暢(グローバル産業雇用総合研究所所長)
(NPO現代の理論・社会フーォラム経済分析研究会メルマガ274号から、2022年4月17日付)

現在のウクライナは、もともとポーランドの一部だった。18世紀後半にプロイセン、ロシアなど周辺の大国が、ポーランドを分割した結果、西はハプスブルク家が統治する後のオーストリア=ハンガリー帝国、東はスラブ系のロマノフ家が統べるロシア帝国となった。

その境界の「荒地」は、ハプスブル・ロマノフの両王朝の民族的区別があいまいなままに扱われ、現在もウクライナ西部では主にウクライナ語を話す人が多く、東部や南部に行くにつれてロシアの住民が多く、これが長く19~20世紀の帝国主義時代にも引き継がれてきた。それが、ハプスブルクの系譜をひく欧州連合(EU)とロマノフ系のプーチン・ロシアとの「国引き」の狭間にさらされている。

第二次世界大戦以降も、ウクライナは「ヨーロッパの穀倉地帯」と呼ばれ、また「世界の天然鉱物資源の宝庫」と言われてきたが、大戦前からの積み上げてきた理系専門教育を受けた人材を、旧ソ連の大陸間弾道ミサイル、核弾頭、ソユーズロケットなどの開発・製造に便利に都合よく使われてきた。

賃金は低いが技術は高い

1990年代に入って、ウクライナは旧ソ連邦からの独立運動を経て、優秀な理系人材を生かす政策に転換してIT立国を目指す時代を迎える。

その結果、ウクライナ投資庁によると、2018年の同国のIT(情報技術)人材は24万人以上、その企業数は5000社を超え、IT産業市場規模は約45億ドル(約5,000億円)と、今やウクライナは「東欧のシリコンバレー」といわれるようになっている。
ウクライナのIT企業は、クラウドサービスやビッグデータ、サイバーセキュリティー、人工知能(AI)など世界の最先端を担い、首都キエフ(IT人材7.6万人)、西部の古都リビウ(2.5万人)、東部の工業都市ハリコフ(3.1万人)が三大IT集積地となっている。
だが、その特徴は米・欧・日の大手IT企業にアウトソーシングサービス(海外大手企業の請負)を提供する企業が多いことだ。同国のアウトソーシングの比率は、IT産業全体の70%に達し、米・欧・日の大手IT開発企業のアウトソーシング国家になっている。

それでも、ウクライナのIT産業が世界から注目される背景には、技術者のスキル水準が高いこと、そして英語が通用することである。しかし、何よりもIT産業のソフトウエアエンジニアの平均給与が低いことである。ウクライナのソフトウエアエンジニアの平均給与は1万5,000フリブニャ(約6万円)。かつてはアメリカのシリコンバレーの賃金差の10分の1であったとされた。それが4分の1になった。また、西欧や日本とくらべても約半分だ。これがウクライナの売りなのである。日本のIT企業にとって、ウクライナの魅力は低賃金であるはずだ。

ソフトウエアの「世界の工場」

ウクライナのIT産業の現在は、JETROの調べによるとCAD(Computer Aided Design、「コンピューター支援設計」)を使う世界のシステムエンジニアの間で驚異的な人気を誇るフリーソフトのRingやAIを利用した画像編集アプリ・ソフトのSKylem、オンライン語学学習アプリのPreplyなど、このほかリアルタイムのAIによる顔すげ替えアプリのReface、留守中のペット監視カメラアプリのPetcube、AIを利用した画像編集アプリ・ソフトのSkylumなど、世界中のシステムエンジニアが日常的に使っているコンピュータソフトがウクライナ発である。

製造業の「世界の工場」が中国ならば、ソフトウエアの「世界の工場」はウクライナなのである。21世紀の半ばから後半にかけて、この二つの国とは関係を密にしておいた方がいい。とりわけ、日本IT企業はウクライナへの進出は、日立製作所の例外を除けば指折り数えるくらいである。ウクライナからロシアが撤退し戦争が一刻も早く終結することを望む。そして日本企業の積極的な進出を期待したい。

過去記事一覧

PAGE
TOP