私の主張

「最低賃金法制」の抜本改革を

2022/05/30

 
会員・高木雄郷(経営民主ネットワーク事務局長)
(経営民主ネットワーク『経営民主主義』第79号から、2022年4月30日付)

いま長引く新型コロナ(Covid-19)禍のドイツから、一大トピックスが入ってきた。ドイツ連邦労働・社会省によれば、この2月、政府与党である社会民主党・緑の党・自由民主党が現行法定最賃額の大幅引上げに合意したことを受けて、新たな「最低賃金引上げ法案」を閣議決定した。同法案では、全国一律法定最低賃金額を今年10月1日から「時給12ユーロ」(1,620円)に引き上げられ、約15%も上昇し国内低賃金労働者にエンゲージメント(格差解消・働きがい)の影響を及ぼすという。ドイツは、ルクセンブルクに次いで、ヨーロッパで2番目に高い最低賃金国になるわけだ。
ちなみに、ドイツの政治的ライバルであるフランスでも、2022年5月1日に法定最低賃金(時給)を物価上昇率が2%を超えたため10.85ユーロ(1,464円)に引き上げ、施行した。

革新的なドイツの最賃12ユーロへの引上げ

周知のように、ドイツでは2015年1月に全国一律の法定最低賃金制度を導入した。以前は、北欧諸国と同様に、最低賃金は(産業別)労働協約によって設定、カバーされていた。ところが、1990年代以降、欧州最大の「低賃金セクター」の1つが出現し、団体交渉による最低賃金基準のカバー(拘束)率が着実に低下していた。その背景には、ドイツの労働組合が法定最低賃金に対する以前の懐疑的な立場を変更し、ナショナル(全国民)賃金フロアのための大キャンペーンを実行したこと等が挙げられている。

しかし、雇用者側の反応は大半が(特に旧東ドイツの中小企業経営者群)法定最賃制度の導入に反対して、経済に悪影響を及ぼす可能性を示唆した。実際、彼らは最大100万人の労働者がこの新しい最賃制度で失業すると予測した、多くのエコノミストに支えられていた。
逆に、労働者側に立つ研究集団の見方の多くは、法定最低賃金が労働市場に大きな悪影響を及ぼすことなく、最下層の低賃金労働者の強い賃上げにつながったことを示すものであった。ただし、当初の法定最賃額・時給8.50ユーロ(1,156円)の設定基準は、全国フルタイム(正規)労働者賃金の僅か中央値の48%に相当し、かなり低かった。 したがって、一部の低賃金労働者に十分な収入を提供し、低賃金セクターを削減するという期待に応えることが出来なかった。その意味で、今回の法定最賃(時給)12ユーロへの引上げ決定は文字通り、当該約680万人の労働者が安定生活賃金を得るという革新的漸進的なものだと言えよう。

欧州最賃指令施行の強いシグナル

また、ドイツ政府はEU全体の適切かつ公正なる最低賃金に関する指令のための欧州委員会の提案を支持している。これまでのドイツの最低賃金基準(しきい値)は、全国総フルタイム労働者賃金の中央値の60%または総平均賃金の50%というEU最賃指令案の基準値から非常に離れており、他方、国際的には十分な最低賃金のしきい値として認識、活用されていた。そこで、法定最賃額が時給12ユーロに上昇すると、ドイツの基準値は総賃金中央値のほぼ60%になり、この法令が将来のEU最賃枠組み指令の早期施行のシグナルとみなすことができるわけだ。

全国一律最低賃金制度の確立に向けて

日本も、ドイツやEUの新たな最賃枠組み指令案に見られるように、大胆な国民経済の所得格差の是正の観点から、全国一律最低賃金制度の確立に向けて、法定最賃決定の新たな基準値を設定することが急務である。

その方向性として、欧州労連が求めているEU最賃指令の改訂案を評価したい。これによると、欧州の2500万人以上の労働者が恩恵を受けるためには、フルタイム労働者の全国賃金中央値の60%または平均賃金の50%以上という指標に値する法定最低賃金が必要とされる。

ILOの「グローバル賃金報告書」(2020/21:Covid-19時代の賃金と最低賃金)によれば、世界(136ヵ国)の総賃金はCovid-19危機の影響で、2020年第2四半期までに6.5%喪失したとされる。特に各国とも男女間の格差が激しく、雇用補助金の支払いがなければ男性の5.4%減に対して、女性労働者の賃金は8.1%削減されたと分析している。また、コロナ危機<パンデミック>は、とりわけ低賃金の労働者にしわ寄せを与えたとし、最低賃金で働く50%の労働者は推定17.3%に上る賃金を失い、不平等を拡大させたと問題提起している。今回ILO報告書は世界中の最低賃金制度を大胆に見直し、最低賃金が不平等を減らすことができる条件を特定して、公正な最低賃金( 法定または交渉)を設定することにより、コロナ危機からの"人間中心の回復"に重要な役割を果たすことを強調しているのだ。
その意味で、欧米先進国に較べて低い日本の「地域別最低賃金」が2021年7月、新たに時給930円(全国平均)に上乗せされたが、まだまだ上昇額が低水準であり制度自体の変革が望まれる。例えば、英国低賃金委員会の新目標方式に倣って、全国フルタイム(正規)労働者の時間給中央値の3分の2にまで引き上げることが重要である。これにより、我国の全国一律生活最低賃金額は、誰でもどこでも「時給1,400円」以上となり、労働生産性(付加価値)向上のインセンティブになることも確実である。

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