関西支部発

『職務重視型能力主義 M電機における生成・展開・変容』を読んで

2024/07/08

 
関西支部会員  梅谷 幸弘
(関西支部通信第42号=24年6月号から転載)

現在、日本の社会では、労働生産性を国際レベルに復活させるために「ジョブ型」雇用の導入が必要であるという風潮が高まりつつあります。しかし、日本の経済復興にこれだけ「ジョブ型」雇用が必要であるにもかかわらず、「ジョブ型雇用とは何か?」ということが明確に定義づけられていないように思われます。
ところで、「ジョブ型」と「メンバーシップ型」という言葉を使って欧米と日本の雇用社会の違いをわかりやすく説明したのは労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎氏ですが、濱口氏が意図するところの「ジョブ型」雇用は「仕事」に値付けをする、つまり、職務の厳密な内容と賃金をリンクさせる「職務給」の世界だと思われます。
ひるがえって、現在の報道や言説の風潮において「ジョブ型」雇用では実力主義の傾向が強くなり、成果を求められる、という論調が前面に出ているように思います。まず、今の論調が整合性のとれた理論になっているのかじっくり考えてみましょう。

はじめに、濱口氏が初めて定義づけた「ジョブ型」雇用は、先程も申し上げましたが、「仕事」に値付けをする「職務給」の世界です。次に、濱口氏が提唱した「ジョブ型」雇用と、現在日本の経済社会や報道などで言われている「ジョブ型」とは同じなのか、という問題があります。仮に、「それらは同じものだ」とすると、職務給の世界とは実力主義で成果を求められる雇用社会だ」ということになります。
それでは、歴史的にみた欧米の「職務給」の世界にどのような雇用社会なのでしょうか。
欧州の中でも、各国ごとに状況は異なりますが、全体的な傾向として、職務給が定着した歴史的経緯は類似しているようですので一般的な歴史的見解を再確認したいと思います。
前近代の社会では、賃労働や株式会社の制度などがないかまたは発達しておらず、労働時間の把握も困難だったため、働いた時間に対して賃金を支払う習慣は なかったと考えられています。このような前近代の社会では、一つの仕事を一定の謝礼で請け負うことが通常だったようです。この頃から、職人たちは組合を作り、組合が公認した者だけに仕事をさせるようにしたそうです。近代化で賃労働が普及すると、職人の親方が出資者から仕事を請け負い、職人の仲間を集めてその仕事をこなしていくようになりました。
産業革命の時代に入ると、株式会社や工場での賃労働も発達し、機械工や電気工などの職種ができました。賃労働が普及すると、会社が一方的に賃金や労働条件を決定しないように運動が起こるのは自然なことであり、職人たちは、職業別の組合組織を発達させ、職人のうち一定の経験を経た者を熟練工と認めて証明書を出したり、賃金が低すぎるとストライキをして、組織力を強めていきました。
このようにして、職業別に発達した組合は職人の供給について独占力を持つようになり、資格認定の制度を作るなど特に熟練工の供給について独占するようになり会社に対して交渉力を維持する形ができあがったと考えられています。このようにして特に欧州では職業横断的な労働組合が発達し、職務の内容によって職務ごとの最低レベルの賃金を労働組合が示して統制するような形になり、職務給が普及したものと考えられます。
ジョブ型雇用の原型となる欧米型の職務給の賃金制度は、日本のような企業別の労働組合ではなく、職業横断的な労働組合が、多くの労力と長年の積み重ねによって生み出した職務を値付けする制度といってもよいと思われます。
さて、話は「メンバーシップ型」雇用とは何かというところに移ります。
「メンバーシップ型」雇用という表現も濱口氏の発案だと思われますが、純粋に「メンバーシップ型」雇用が雇用社会の中心となっているのは世界中で日本だけだと言っても過言ではないかもしれません。
「メンバーシップ型」雇用の特徴は①賃金面では「人」に値付けをして賃金を決定する。②職務内容が大きく変わる配置転換があることを前提とする。③「メンバーシップ」により皆が助け合うのでそれぞれの職務の範囲がファジーになる。④人員過多と人員不足を企業内の配置転換で克服することが可能となり、終身雇用制と親和性がある。⑤職務内容が変わる配置転換が可能となる裏返しとして解雇が難しい、などでしょうか。

「メンバーシップ型」雇用を運用するのに貢献してきた制度として「職能等級制度」があります。
「職能等級制度」とは、戦後の日本が高度成長していた1960年代に日本の雇用慣行である「年功序列」「終身雇用」を維持するためにマッチするとして採用された制度で、「職能給」を労働者の職務遂行能力により等級に当てはめ、業務遂行能力が上昇するにつれ、等級と職掌、給与が上昇していく人事システムです。職能等級制度では「職能資格」があがるごとに賃金も上がっていくことになり、「職能資格」は「職務内容」とはリンクせず、「職務遂行能力」の上昇によりあがっていく建前となっています。
この職能等級制度が日本における「メンバーシップ型」雇用にマッチしている理由は、「職能」の解釈にあります。「職能」を「職務無限定」の属人的能力、つまり、具体的な職務を遂行する能力ではなく、どんな職務でもこなせる「潜在的な能力」と考えて「能力評価」を行えば、他の職務に労働者を配置転換することで賃金を引き下げずにすみます。そして、企業内の同じメンバーでさまざまな職務のポストにローテーションさせて終身雇用を維持することが可能となってきます。
まさに、「メンバーシップ」ですね。

さて、ここで少し視点を変えて「メンバーシップ型」と野球チームに例えて考えてみたいと思います。
「メンバーシップ型」の度合いが高い場合、例えば1人の選手がピッチャー、キャッチャー、内野、外野、コーチ、さまざまなポジションをこなさなければならないようなイメージです。

これは、素人集団が弱小チームから戦えるチームになるには有効なシステムかもしれません。
しかし、プロ野球のチームでは、そこまで極端なコンバートは行われませんし、このようなシステムでは真の頂点を目指すチームになることは難しいのではないでしょうか。

ここでもう一つ注目したいのがコンバートの仕方です。

現実のプロ野球では、内野から外野、外野から内野、ショートからセカンド、サードからファースト、先発投手から中継ぎ、抑えなどのコンバートが行われることが通常だと思います。

つまり、コンバートの範囲や方法が合理的に限定されているのです。
野球の基礎ができていれば、どこでもということは、延長戦で使える選手がいなくなった場合以外はないのです。
これは、プロ野球選手の能力が「職務(ポジション)無限定」で評価されているのではないことを表しています。
このように考えていくと、「職能」は「職務無限定の潜在能力」であるとは限らないのではないか、という疑問に行きつきます。

「職務重視型能力主義(~M電機における生成・展開・変容)」を読むと、M電機が「職能」について職務を重視した顕在的な能力をも評価して賃金制度を構築してきたことがよくわかります。
この本をじっくり読むと、戦前の「社員格付制度」は「身分」がベースとなり、戦後になり「身分」から「学歴」と「能力」に代わりつつも「年功的」にならざるを得なかった、GHQが職務給を推し進めようとしたが定着しなかった、M電機では、職務分析と職務評価に基づく「職階給」の制度を導入するなど「職務給」の考え方を捨てることなく人事制度と賃金制度を構築しつづけた、ということもわかりました。
「職務給」の方に振れるか、「職能給」の方に振れるのかは、労働組合との関係や交渉の過程が大きく影響したため、同業の大手家電メーカーでも、それぞれ状況が異なっていったことがわかり、単純にどちらを捨てて、どちらを選択したという単純なものではなく、歴史と労働組合の関係をみていかないとわからないことがたくさんあることに気づかされました。

編集者注・表題の著書は、23年12月26日・日本評論社刊、鈴木誠著。

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