2025/01/27
関西支部会員・弁護士 小野順子
(関西支部通信第43号=24年10月号から転載)
日本で増えつつある「スラップ訴訟」
近時、労働組合活動に対して、街宣活動差止の仮処分や、営業妨害・名誉毀損などを理由に労働組合、ひいては組合員個人に対して損害賠償請求を仕掛けてくる、いわゆる「スラップ訴訟」が目立つようになりました。
もちろん、労働組合法8条は労働組合活動の民事免責を認めています。しかし、使用者は「これは正当な組合活動ではない」と主張して次々と損害賠償請求訴訟を提起してくるのです。最終的に労働組合や組合員が勝訴するとしても、そこに至るまでの応訴の負担は相当なものですし、ときには敗訴してしまうこともあります。そうすると、「こんなビラ撒いて大丈夫かな」「会社の前で街宣活動しても訴えられないだろうか」と労働組合活動がどんどん萎縮してしまうことになります。
韓国の労働組合及び労働関係調整法(労働組合法)と現状
このような事情は、韓国も同じです。現行労働組合法3条には日本と同様の民事免責が規定されていますが、韓国では特に争議行為(ストライキ)に対する規制が強く、日本よりも「不法」な争議行為とされる範囲が広いのです。損害賠償の対象となる「不法」な争議行為とされているものを類型化すると、
①複数労組事業場で交渉代表労働組合になれなかった少数労働組合による争議行為
②間接雇用労働者で構成された労働組合が元請け業者を相手にした争議行為
③(労働組合法上の労働者性が不明な)特殊雇用職の労働者らが組織した労働組合の争議行為
④整理解雇、企業の分割・合併など企業の構造改変に対抗した争議行為
などになるそうです。
また、賠償額も日本に比して高額です。韓国の最高裁は、争議行為と損害との因果関係を広く認めています。例えば、①「営業上の損失」について、違法な争議行為がなかった前年度の同期間(または直前月)と対応する営業収益と対比した減少分を算出した後、上記収入を得るために使われる諸費用を控除した金額を逸失利益の内容であると判断しました(最高裁1994年3月25日宣告93タ32828、32385判決)。また、②賃料、税金、減価償却費、保険料など、争議行為による操業中断と関係なく支出する費用(固定経費)も争議行為と相当因果関係のある損害であると判断しました(最高裁2018年11月29日宣告2016タ11226判決)。
そして、使用者がこれらの相当因果関係論を濫用(悪用)し、実際に認容されるかどうかにかかわらず極めて高額な損害賠償請求をしてくる例が頻発しています。例えば、2022年、ハイト真露(ジンロ、酒造会社)の事業場で働く貨物連帯の組合員らが元請け事業主であるハイト真露に運送料の引き上げを主張してストライキを開始しましたが、ハイト真露はストライキに参加した主要組合員らに27億ウォン(約2億7000万円)の損害賠償請求訴訟を提起しました。
日本のスラップ訴訟がかわいく思えてくるような現状ではありませんか。(いえ、日本も決してかわいくはないのですが。)
「黄色い封筒法」運動
労働組合や労働者が置かれている過酷な現状を知り、このような事態を打破しようとする動きが生まれました。
これに関し象徴的なできごとがあります。2009年、双龍(サンヨン)自動車の整理解雇に対抗して金属労組双龍自動車支部が77日間のストライキを展開しました。しかし、2013年、水原(スウォン)地方裁判所平沢支院は、労働組合に47億ウォン(約4億7千万円)の損害賠償金を支払えという判決を宣告しました。これに対し、ある市民が時事週刊誌編集局に4万7千ウォン(約4,700円)が入った黄色い封筒(かつての大韓民国の月給封筒を象徴している)を入れ、10万人が集まれば巨額の損害賠償責任に直面した組合員らを助けることができるというキャンペーン運動を提案しました。これにより韓国社会では争議行為に対する損害賠償責任を規定する労働組合法第3条改正運動(「黄色い封筒法」運動)が社会的話題となりました。
人々が「黄色い封筒」のピンバッジを襟元につけているのも目にしました。こういう「運動の作り方」が韓国社会は非常に優れているなと感じます。そして、2024年の今でも「黄色い封筒法」という言葉は通じます。粘り強く、法改正が実現するまで闘い続ける姿勢は私たちも学ぶべきだと思います。
労働組合法2条、3条の改正案
さて、肝心の改正案です。詳しくはご紹介できませんが、おおむね、次のような内容だそうです。
1 労働組合法2条の改正案
(1)「勤労者」(労働者)の概念の拡大
先にご紹介した2022年のハイト真露ストライキ事件は、貨物連帯の組合員らがハイト真露の子会社の従業員であったことから、元請け事業者のハイト真露が当該組合員らを労働組合法にいう「労働者」ではないとして訴えたものです。労働組合法上の労働者の概念を広げ、労働者の労働三権を実質的に保障する必要があります。
(2) 「使用者」概念の拡大(2条)
形式的には労働契約関係がなくとも、労働者の労働条件決定に支配力を有する者は「使用者」として争議行為を受忍する義務があるとすべきです(実質的支配力説)。
(3) 「労働争議」概念の拡大(2条)
現行法の下では「整理解雇」は「高度な経営上の決断」であって団体交渉の対象にならないと解釈されています。日本ではちょっと考えられない事態です。これを変更するため、整理解雇や事業再編などによる解雇や労働条件の変更も団体交渉や争議行為の対象となるよう明記しています。
2 労働組合法3条の改正案
(1) 民事免責の確立
現行3条は、団体交渉や争議行為の民事免責を規定していますが、実際には、争議行為が労働組合の要件を一つでも満たさない場合は「不法な」労働争議として損害賠償の対象となるとされており、範囲が広すぎます。よって、損害賠償の対象を限定し、憲法に定められた労働基本権の行使については労働者が責任を負うことはないという民事免責を確立する必要があります。
(2) 労働者個人に対する請求制限
現行法のもとでは、労働組合以外に、幹部はもちろん一般組合員まで損害賠償請求の対象(被告)とされています。労働組合活動は、組合の総意のもと行われるものであり、個人の責任負担は組合内部の問題です。よって、改正案では労働者個人に対する損害賠償請求を原則として禁止しています。
(3) 損害賠償範囲の制限
現行法の下で認定されている、広すぎる相当因果関係を減縮し、①単純に争議行為が行われなかった場合と比較するのではなく、②正当な争議行為がなされた場合、使用者が受忍すべき損害の範囲を比較して最終的な損害額を算定すべきであり、賠償の範囲を限定します。
(4) 連帯責任の制限
労働組合と組合員が連帯して責任を負う場合でも、全額について連帯責任を負わせるのではなく、それぞれの帰責事由と寄与度に応じて個別に責任比率を決めるべきです。
(5) 損害賠償額の減免請求制度の新設
賠償義務者から、過失相殺や減免の主張ができることを明記し、裁判所は争議行為等の経緯や、賠償義務者の財政状態・家族関係など諸般の事情を考慮して過失相殺や減免について判断すべきという制度を新設しました。
改正案、あと一歩で廃案に~でも、あきらめない
2023年11月9日、韓国国会は本会議において労働組合法第2条、第3条の改正案を可決しました。20年来の悲願であった法改正が、ようやく実現目前までたどり着きました。ところが、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が拒否権(再議要求権)を行使しました。韓国では、法案が国会で可決されても大統領が拒否権を行使することが可能で、その場合、在籍議員の過半数の出席、出席議員の3分の2以上の賛成で再可決することが必要です。採決の結果、この要件に届かず、残念ながら2023年12月9日、廃案となってしまいました。
二度とないかもしれないチャンスということで、私が所属する大阪労働者弁護団も韓国民弁(民主社会のための弁護士会)労働委員会の方々を応援し共同声明を発表するなどしましたが、誠に残念な結果に終わりました。
しかし、韓国の市民は「まだあきらめてない、これからまた闘いが始まる」と考えているそうです。
※本稿の内容は、韓国民弁の河泰丞(ハ・テスン)弁護士の報告書をかなり参考にさせていただきました。河弁護士と、翻訳された大阪労働者弁護団の山口さんに謝意を表します。