2025/08/04
(関西支部通信第45号=25年6月号より転載)
2025年度総会終了後の午後3時10分から午後4時50分過ぎまで、エル・おおさか南館7階会議室75において、今年度第1回研修会を開催しました。 「労災民事の過失相殺について」をテーマに、元関西支部会員で、弁護士の清田冨士夫先生にご講演頂きました。参加者は15名でした。
清田先生は、1969年労働基準監督官に任官し、京都・奈良等の労働局(労働基準局)勤務後、1973年退官されました。1975年司法試験合格、1978年から弁護士となり、2024年12月、きよた総合法律会計事務所を退職されるまで46年間弁護士として活躍されました。
講演要旨
かつては事件にはスジがあったが、今はそれが変わってきており、自分の考えと違ってきている。世の中に納得できないことが増え、世の中の流れとズレが生じてきたことも年齢と関係しているのかもしれない。 例えば、所得制限を設けない高校無償化はますます格差を広げるように思うが、そのような議論が今、何故起こらないのか不思議に感じる。
最近の労災民事訴訟の請求額は億を超えている。1、2割の過失相殺でも、何千万円となるため、過失相殺が焦点となる。
谷口知平『損害賠償法概説』は、過失相殺とは、「損害賠償法の指導原則たる公平の原則、あるいは信義誠実の原則の一つの具体的顕現とせられ、被害者・債権者の損害発生、または拡大の防止、損害の避抑軽減への社会的努力を怠った不注意をいい、これを考慮して、被害者や債権者に帰せられるべき損害額を、賠償額の算定に際して考慮し、被った全損害の額よりこれを減額することをいう」とされ通説とされる。条文では、民法418条(債務不履行)と722条第2項(不法行為)を参照。民法418条は改正後、文言を変更しているが従来通りの解釈とされる。
一方、岡村親宜説では、民法の雇用契約は対等な市民間を対象にしているのに対し、労働契約は対等な市民間の契約ではないことから、労災の民事裁判では過失相殺を否定すべきであるとしているが、通説・判例はこの主張を認めず、過失相殺の適用を認めている。
岡村説を採る、海南特殊機械・エレベーター据え付け工事開口部墜落事件原告の主張(東京地判昭62.3.27労判497-92)は、「労災発生についての労働者の不注意は、民法の過失相殺制度の予定する加害者と実質的に対等な地位にある被害者の過失とは本質的に異なるのであるから労災事件に過失相殺を形式的に適用することは法的に許されないことといわなければならない。労災事件においては、通常の場合、それは、使用者の安全保護義務違反に吸収され、過失相殺の対象となる社会的に非難されるべき過失は存在しないというべきであるから過失相殺は許されないものである。」とする。
講師コメント上記部分は行き過ぎと考える。
(原告の主張続き)「仮に、労災事件において過失相殺が許されるとしても、次の特別事情がある場合には、過失相殺は許されないものとするのが相当である。①使用者の法違反や安全規定違反が認められる等重大な安全保護義務が存する場合。②労働者に不注意、不安全行動があっても、それが職場で慣行化していたり、あるいは使用者が指示した方法である場合。③仕事への熱中、仕事の不慣れ、安全教育欠如、アルバイト工等仕事に対する未熟さなどから生まれる不注意につき、それが事故に結びつくことを防止する装置、組織が存在しない場合。」
これに対して、本件判決は、「労災事件については過失相殺をすべきでないという原告らの主張は独自の見解であり採用できない」というものであった。
講師コメント上記部分①から③については、考慮しなければならないと考える。

以下、レジュメに沿って、事案を確認していく。
1.製造業・射出成型機事故において、労働者の過失を20%とした例 (ナルコ事件 名古屋地判平25.2.7 労判1070-38)
-外国人研修制度による研修生が、自動車の座席部品のパイプをパイプ曲げベンダー機で加工作業中に操作を誤ったため、右示指を切断した事故。
パイプ曲げベンター機の操作手順では、右手でセットし、右手でスイッチを押すとなっていたが、原告Xは、右手でセットし、左手でスイッチを押したと説明している。裁判所は、「被告Y社は、Xを外国人研修生として受け入れ、本件工場において作業に従事させるにあたって、Xの生命および健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っている」とし、「Y社は、安全衛生規則147条1項に従い両手式あるいは感応式の安全装置を取り付ける等の必要な措置を講じる義務があった」のにこれを装備していなかったこと、「Xは中国人であり、日本語をほとんど理解できず、また、研修生として来日したことを考慮すると、作業手順等を中国語で記載した書面を交付するか、中国語で説明した上で、その内容・意味を正確に理解していることを確認するのでなければ、安全教育として不十分で・・安全配慮義務が認められる」とした上で、「Xが右手でセットし、左手でスイッチを入れたことにより発生したと認められる。Y社が安全装置を設置していれば事故の発生は防ぐことができたことから、Xの過失割合は2割」とした。
講師コメント 何故2割なのか!? 労働安全衛生法の本旨は、「労働者は注意力散漫となりつい謝った操作をすることがあるので安全装置を取り付けなさい」というものである。前記①②③に当てはまる事案なのに、過失を認めているのはおかしいのではないか。
2.屋根からの転落事故につき、労働者の過失を一審が70%としたのに対し、控訴審が50%とした例(高橋塗装工業所事件 一審・前橋地沼田支判平17.11.28労判935-67、控訴審・東京高判平18.5.17労判935-59)
-村立保健センターの屋根塗装工事に従事中の作業員3名が屋根から転落して1名が死亡、2名が障害を負ったもので、障害を負った2名が原告となって訴訟提起した事件。
- 一審 裁判所は、「被告Y社は、安全配慮義務の履行として、作業者が安全に昇降するための設備を設ける(安全衛生法21条2項、労働安全衛生規則526条1項)措置を講ずる義務があったところ、同設備を設けていなかったので安全配慮義務を怠っていた。」また、「Y社は、墜落の危険を防止するために、作業者に安全帯の使用を徹底する措置を講ずる義務があったものと認めるのが相当であるのに、Y社は原告らに安全帯を着用せずに作業させいたのであるから、安全配慮義務を怠ったものと言わざるを得ない」とした。裁判所は、原告らの過失については、「原告が被告から安全帯等の安全器具の貸与を受けていたのに、これらを使用していなかったこと、折り畳み式梯子を使用していなかったことのほか、保健センター西側の屋根が霜のため危険があったことを十分認識しながら、安易に飛び出したことを考慮すると原告らの過失割合を70%とするのが相当」と判決した。
- 控訴審 本件事故の前年11月、この公民館ホールで作業していた作業員が屋根から墜落して死亡した事故が起きていた。この事故により、Y社は、所轄労働基準監督署から安全帯の使用や作業員を危険箇所に立ち入らせないよう安全管理を徹底することを指導され、安全対策改善書及び誓約書を提出し、同監督署から工事再開を許可された経緯がある。控訴審判決は、このことを踏まえた上で同種事故が発生しないように特に十分な注意と配慮をすべきであったのにこれを怠った過失の程度は大きいと指摘し、控訴人らの過失割合をそれぞれ50%とした。
講師コメント 前年に死亡事故を出していながら過失を50%としたのは納得できない、労働者の過失割合は2割程度と考える。
3.宿直勤務中、殺害された労働者の過失を35%とした例 (川義事件 名古屋地判昭56.9.28 労判378-75)
-宿直中、窃盗目的で来た元従業員に殺害された事故。
被災者Xは新入社員。裁判所は、「宿直勤務についても、使用者には安全配慮義務があるとし、本件社屋内に、宿直勤務中に盗賊等が容易に侵入しないように、物的設備を施す、万一盗賊が侵入したときは危害から逃れることができるような防犯ベル等を設ける、宿直員に対する教育を行う等、危険が労働者に及ばないようにする義務があった。」とし、使用者には、夜間に盗賊が侵入する予見可能性および、盗賊が宿直員に危害を加えることがあることの予見可能性が認められるとした。
労働者の過失について裁判所は、「具体的状況の下では労働者に対しても安全配慮義務があり、労働者自身自己の生命・健康等に危険が及ぶことを予見し、又は予見し得べかりしときは、そしてその危険から回避することが可能であるときは、労働者は自己の生命・健康等の安全を確保するため危険から回避すべき義務がある」「Xはかねてからの反物窃取の犯人がTであることを知り、X宿直の当夜Tが再び反物を盗むために社屋内に入ってくることを予見することができたというべきであるから、Xは宿直を命じられた者としてこれを防止するため上司に打ち明ける、同僚と再度相談するなどの方法により対策を立てる義務があった。これはXに課せられた宿直員としての義務の不履行というべく、損害額を定めるにつき斟酌するのが相当」とし、過失の程度・Xの年齢・経験等を総合し過失相殺分を35%とした。
講師コメント 新入社員に対して35%は酷だと思う。
4.腰痛症の発症につき、労働者の過失を30ないし50%とした例 (ヤンマーディーゼル事件 神戸地尼崎支昭60.2.8 労判448-31)
-ディーゼル機関の製造工場において、鋳造部門の溶解作業場で地金類計量投入作業(かけ作業)に従事してきた3名の従業員が、腰痛を発症したとして、損害賠償請求をした事件。
裁判所は使用者の安全配慮義務について、労働省労働基準局通達『重量物取扱作業における腰痛の予防について』(昭和45年7月10日基発第503号)により、原告らの主張の当否を考えるとし、被告Y社が取り得た措置のうち「省力化」以外の措置が執られていなかったとして、安全配慮義務違反を認めた。その上で、労働者の過失について、①肩関節周囲炎、腰痛症は非災害性の疾病であり、原告ら自身の健康保持が十分でなかったことに一端の原因があるとした。②原告らの行うかけ作業は、原告らを含む4人で行っていたものを原告ら3人で行うようになり、作業員の補充を使用者に要請せず、支給される4人分の賃金を3人で分配したことは、原告らは自らの発意で労働過重となる作業に従事したものといわざるを得ず、この点も疾病の発症、増悪について考慮すべき事情とした。③原告Mは、再雇用者で、かけ作業より身体的負担の軽い作業に従事していたが、自ら配置換えを申し出て、かけ作業に従事し、疾病を発症していることは、自らの健康管理をないがしろにすることに帰着することを考慮する。④以上により、原告2名においては過失割合3割、原告Mにおいては5割とするのが相当とした。
講師コメント 昭和の事案とはいえ、当時の裁判官には、会社の労働者に対する健康管理の欠如についての指摘がなく疑問である。現在は、平成25年6月18日通達『職場における腰痛予防対策の推進について』(基発0618号)において、きめ細かな内容の通達となっている。
次に、近年増加している過労死について取り上げる。過労死や精神障害は、被災者本人の脆弱性、基礎疾患、自己健康管理責任をどう捉えるか、過失相殺が難しい事案である。また、脳・心臓疾患等はタバコとの関係が必ず問われる。
5.過労死について労働者の寄与度を20%とした例(康生産業事件 鹿児島地判平22.2.16 労判1004-77)
-飲食店の支配人であった被災者が、自宅で就寝中に心室細動を発症したのは、人手不足等により精神的に過重な業務負荷がかかっていたことと、月200時間前後の時間外労働によるものであったとして、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求を行った事件。
被災者の労働時間からする量的過重性について、「原告の労働時間は、本件発症前1か月で344時間15分、本件発症前2か月から6か月で月平均368時間30分、休日以外の勤務日における拘束時間は、平均して1日当たり12時間を超える。原告が丸1日の休日を取ったのは、平成16年4月20日で、その後は203日間連続で出勤していた。」
質的過重性については、①勤務時間中の業務量が、飲食店の店舗責任者1人に任される仕事量として相当程度過重であったこと、②担当店舗における正社員の数、配置および質の点において深刻かつ慢性的な人手不足状態にあり、これに伴う負担が唯一の社員であった原告に集中していたこと、③ノルマ達成を求められていたことは、人的な余力がないにもかかわらず更なる業績向上を求められる原告の心理的負荷は相当程度高かったと認定している。
原告としても疲労が蓄積していることを十分に自覚していた。労働者は、一切の余暇を犠牲にして疲労回復に努めることまでを求められるものではないとしても、一般人として自己の健康維持に配慮することが当然に期待されており、疲労が蓄積しているにもかかわらず、深夜にドライブや食事をするのは健康維持の観点から労働者に合理的に期待される生活態度を逸脱しているというほかなく、また、1日20本程度の喫煙も含め、原告の健康管理の不備が本件発症に寄与している点を考慮し、裁判所は原告の過失を2割と判断した。
講師コメント・・・労働者にとって酷過ぎる。
6.精神障害について、労働者の過失を認めなかった例 (電通事件 最高二小判平12.3.24 労判799-13)
(その他、東芝(うつ病・解雇)事件がある。) -1審被告の元従業員Aが、入社後1年5か月を経た時期に自殺したのは、会社から深夜早朝に及ぶ長時間労働を強いられたためにうつ病に罹患し、その結果として自殺に追い込まれたとして、Aの父母が会社に対して損害賠償を請求した事件。
本件1審は、原告の過失相殺を認めなかった。しかし、控訴審は、本人の何でも真剣にする性格や両親と同居していたことを考慮して、Aの過失を3割と認定した。これに対し、最高裁判決は、①Aの性格を理由とする減額について、また②Aの両親の落ち度を理由とする減額について、いずれも過失相殺を否定した。
- Aの性格を理由とする減額について、「ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、・・業務の過重負担に起因して労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。従って、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するにあたり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的要因として斟酌することはできないとし、過失相殺を認めなかった。
- Aの両親の落ち度を理由とする減額について、独立の社会人として自らの意思と判断に基づき業務に従事していたとし、Aの勤務状況を改善する措置を採りうる立場にあったとはいえないことから原審判断には法令の解釈適用を謝った違法があるとした。
講師コメント 裁判所の判断は妥当と考える。しかし、親の責任を問う判決は最近でも時々出ている。
7.精神障害について、素因減額3割、過失相殺2割を控除した例 (鹿児島県U市市立中学校教諭事件 鹿児島地判平26.3.12 労判1095-29)
労働者の過失・素因減額について、裁判所は、「亡Aが自殺するに至ったことについては、業務上の負荷と亡Aが有していた精神疾患とがともに原因となったもの」であり、「亡Aが自殺の7年前に精神疾患に罹患しているほか、亡Aが対人関係にストレスをためやすい傾向があり、労働者の個性の多様さとして想定される範囲を逸脱している部分も存在する」とし、素因減額3割、過失相殺2割とされた。
講師コメント この事案では、精神疾患で病気休暇から復帰してすぐに、教員免許外科目を担当(免許は音楽科→国語科を担当)させる等の配慮に欠ける人事をしたことで精神疾患が悪化しており、もう少し学校側の責任を重くしてもよかったのではないか。
(藤木)


