2025/08/25
関西支部会員 吉田 一矢
(関西支部通信第45号=25年6月号より転載)
先日、あるニュースに目が止まった。マンションの一画を障害者の自立支援スペースとして利用することの是非を問う民事訴訟の判決。40年前、障害(児)者が、『生まれ育った地域で当たり前に生きる』と言う当たり前の要求を実現する為、取り組んだ当時の記憶が甦る。養護学校の義務化によって、『健常』児は、歩いて行ける地域の『普通学校』へ。障害児は、スクールバスに乗って地域から遠く離れた養護学校(現、特別支援学校)へ。今も昔も、養護学校に通う障害児にとって地域での放課後生活は、孤(独)立を極めている。障害のあるなしにかかわらず、誰もが集える地域の『ふれあいの場』を作ろうと、地域の在宅障害者や、労組の仲間と共にとりくんだ。先ずは、拠点となる物件探しにと市内の不動産屋を駆けずりまわった。しかし、事情を話すと『お客さんが住まうならば...。』とことごとく断られた。最後にたどりついたのが、障害児のお孫さんのいる大家さんの物件だった。
従来、障害(児)者の施設は、住民の反対や、周囲からの差別を恐れ、人里離れた山の奥などが一般的な中、『私達は、ここに居るぞ!』とその存在を地域で示し、生きたいと願い、あえて、街中の借家を居場所として求めた。6畳・4畳半・台所の文化住宅で始まった『ふれあいの場』は、周囲の住民と色々な「軋轢」も生んだ。今も記憶に残る出来事を二つ。一つ目は、「ふれあいのひろば」を開設して、2ヶ月ほど経った頃、自閉症の『(仮名)やっちゃん』が、隣の家に勝手に入り、台所の冷蔵庫を開け、バナナをとって食べている所に、家人が帰宅。警察沙汰にはならなかったものの、厳しい「ふれあいのひろば」のスタートとなった。二つ目は、「ふれあいのひろば」のすぐ近くの小学校の校庭でブランコに乗って遊んでいると、小さい赤ちゃんを抱いたお母さんが、私の側に来て、「(あの子の)病気は、うつりませんか?」と真顔でたずねて来た。私は、愕然としながらも、彼女に障害は、病気ではないこと。これからも、ここで遊ぶことを伝えた。無知の恐ろしさと、言い知れぬ怒りと失望を覚えた。
一方で、「希望の光」もあった。「ふれあいのひろば」では、基本、やりたいことをやる。本人の自由。子ども達に色んな体験をと餅つきや、うどん作りなど「イベント」も。私達の仲間で、自身も足に補装具をつけ生活する「(通称)池田のおばあちゃん」は、隣近所に、イベントの声かけ、ついたお餅をお裾分けで配ったり、いつしか、向こう三軒両隣の住民から声をかけてくれたり、イベントを手伝ってくれたり、「世間知らず」の私達とお隣さんの縁を取り持ってくれた彼女の存在は、忘れられない。現在「ふれあいのひろば」は、NPO法人化し、障害者自立支援法に基づく生活・就労支援施設として、活動を続けている。障害(児)者を取り巻く情勢は、先日の旧優性保護法による強制手術の違憲判決にみる如く長く、険しい道のりだ。
司法の場で、政策の過ちが、指摘された優生思想だが、果たして、私達、市民ひとりひとりの意識の中にある障害者に対する差別・偏見は、逆に強まっていまいか?共生の道は険しくとも『私たちは、ここにいるぞ!』と地域・社会に主張し続ける決意を新たにする。
情報提供
2025年度四條畷市連続市民講座のご案内
「私にとってのハンセン病問題」
主催・問合せ::四條畷市人権・市民相談課内、四條畷市人権協会 (TEL 072-803-7355)
- 第1回 6月14日(土) 14時~
「ハンセン病の現状と課題」 - 第2回 7月12日(土) 14時~
「不安が排除に変わるとき~分けることと差別~(ワークショップ)」 - 第3回 11月15日(土) 14時~
「ハンセン病元患者に対する差別事件から学ぶ」 - 第4回 12月6日(土) 14時~16時
「大阪にあったハンセン病療養書外島保養院の歴史~朗読劇~」
会場:四條畷市民総合センター、参加費:無料

