特集

日本は人畜無害で世界に役立つ国に

2024/08/26

 
会員・成瀬 健生(元日経連常務理事)

ユネスコ憲章前文

ユネスコ憲章の前文にイギリスの故アトリー首相の言葉、「戦争は人の心の中で始まるものであるから、平和の砦は人の心の中に築かなければならない 」があります。戦争のない世界は、世界人類の願いでしょう。なのに、今日現在も、世界の二か所で、悲惨な戦争が進行中で、破壊と殺戮が行われています。これらの戦争も、何かのきっかけで、特定の人の心の中で始まったのでしょう。
人と人との争いは、大抵、どちらかが我慢の限界と感じた時に始まるのでしょう。ですから話し合いが可能であれば争いは起きないのでしょう。話し合う事で相互の理解を進め、人の心を「争い」から「競い」に切り替えることで、戦争はしなくて済むようになるのではないでしょうか。人間は向上心を持っています。常に優位を目指します。そしてその発揮の手段として2つの方法があるようです。

争いの文化と競いの文化

1つは「争い」で、争いは、相手を倒して自分が勝者になることです。もう1つは「競い」で、競いは、自分が優位であることを相手に認めさせることです。
争いは相手がいなくなりますから、そこで進歩が止まります。競いは、負けた相手も頑張りますから、自分も一層頑張らなくてはなりません。進歩は続くことになります。人類社会の進歩を止めないためには、「争いの文化」ではなく「競いの文化」が必要なのです。典型的な例としては、前者は戦争、後者はオリンピックです。争いの文化の典型である戦争では、発生するのは殺戮と文化・文明の破壊です。争いの文化は人類社会の発展を逆転させ、停滞と退化をもたらすものでしかないのでしょう。こうした立場から日本の歴史を振り返ってみましょう。

日本文化の源流

近年注目されている日本研究の中で、日本文化の源流は、やはり日本列島が海面上昇で孤立し、狭い列島に閉じ込められてからの1万有余年の縄文時代にあるのではないかというものがあります。日本人は、世界でも稀な多様なDNAで成り立っているという事ですが、それが縄文時代に、あたかも純血種のような日本人になったようです。そして多くの研究によれば、縄文時代には戦争の痕跡はなく、交流・交易は進んでいたが、征服・被征服といった関係、奴隷制もなかったといわれています。

争いの文化の流入

日本列島で戦争が起きるようになったのは、魏志倭人伝に「倭国大乱」などと書かれるようになってのことで、大陸から青銅器や鉄器が入って来るのと同時に戦争という文化も入ってきた事によるようです。そして残念なことに、弥生時代から、20世紀の1945年まで、日本は、この戦争という文化に汚染され続けることになりました。戦争の最初は、渡来人の知恵に率いられたものだったのかもしれません。しかし、その後、日本人自体、戦争に勝てば大きな利益につながるという打算と名誉欲に汚染されたことは明らかです。

豊かさと名誉を求めて戦争

人間は誰でも、また何時の世でも、より豊かな生活を望みます。そして農業が中心の時代は、より肥沃な土地を得ることが豊かさの必要条件という事もあったでしょう。戦争に勝つことによって、領土を拡大し、より豊かになれる、そう考えて戦争に走ったのでしょう。そして、戦争に勝つことが目的となってしまうリーダーも多かったのでしょう。 これはいわば世界に共通なことで、21世紀の今日に至っても、領土と名誉の2つの欲に支配されるリーダーは存在するのです。

戦争の文化からの脱出:明治と昭和

話を日本に戻しますが、日本の場合、「倭国大乱」と書かれた2世紀後半から、1945年まで、千数百年の歴史の中で数多の戦争を行って来ていることはご承知の通りです。しかし、その中でも2つの大きな変化がありました。1つは明治維新です。そしてもう1つは1945年(昭和20年)8月15日の敗戦です。明治維新を境に何が起きたのでしょうか。ご承知のように、日本は明治維新を境に、国内での戦争をやめたのです。幕藩体制を変えて形は天皇親政という事ですが、選挙制度も設け、民主主義の要素も導入の新体制です。こうして近代国家に脱皮しようとした日本ですが、結局は帝国主義に陥り、版図の拡大、植民地の獲得に軍部主導で突き進み、アジアの広範な国々に大変な迷惑をかける対外戦争の時代を作ってしまったのです。そして、行き着いたところは国土を廃墟にしての敗戦でした。

変身は極めて自然だった

大事なことは、そこで日本は何をしたかです。日本は一夜にして(ちょっとオーバーですが)戦争を否定する平和国家に変身したのです。明治の変化は国内戦争をやめたこと、昭和の変化は外国との戦争もやめたことです。そして日本は、世界でも最も先進的な平和国家になったのです。戦後80年になろうとしていますが、日本は、経済の再建と交易の進行、国連中心主義を掲げ、国際協力には極めて熱心な国になりました。人口1億を超える国が、こんなに素早く、軍国主義の権化のような国から、大国で唯一平和憲法を掲げ不戦を旨とする国に変身したのです。そんな例が他にあるでしょうか。日本は世界でも稀な国のようです。

平和は日本人の思想の原点だった

最後にもう一つ付け加えておきたいことがあります。それは、世界で唯一原爆の被爆国でありながら、その恨みとか報復とかを、日本は決して言わないのです。やはり日本は世界でも稀な、ある意味では奇異な国なのです。なぜ日本はそうなのか、その理由、その原点を探し求めれば、おそらく、日本人の海馬の奥底にある縄文1万有余年の平和の記憶に行き着くのではないでしょうか。
小学6年生の夏まで軍国主義教育にどっぷり浸かっていた私の心の遍歴を振り返っても、あの、日本中が晴れて暑かった1945年8月15日を境に、極めて自然に、わが身を国に捧げる事が最高の名誉という信念から、平和が人間にとって最も心地よい大切なものだ、これが自分のもともとの考え方だったのだろうとなってしまったのです。

人畜無害で役に立つ国へ

残念ながら、近年日本人の中に、海外からの意見に迷わされ、日本人の本来の心に反して、戦争に明け暮れた迷える日本の過ちを繰り返そうとする動きがあります。おそらく日本の伝統文化に基づく意識がそれを許すことはないと思いますが、倭国大乱や太平洋戦争の過ちを繰り返すことなく、日本は世界でも最も先進的な平和国家として、世界から「日本は人畜無害で、世界の役に立ってくれる国」として評価される存在であり続けることを願うところです。

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