2024/11/18
会員・鈴木則之
ウクライナに対するロシアの特別軍事作戦により、国際労働運動にも大きな亀裂が生じている。2022年2月の開戦と同時にFNPRロシア独立労働組合連盟(2100万人)はプーチン大統領の軍事作戦にたいし支持を表明した。これをもってFNPRはITUC(国際労働組合総連合)の加盟資格を停止され 、PERC(汎ヨーロッパ地域委員会、ETUC+ロシア、中央アジアのITUC加盟組織による地域委員会)の中にも深刻な分断が生じている。FNPRはITUC2億人の10%、PERC7800万人の27%の組織人員を擁する組織である。
ウクライナ戦争が今後、どのような経緯をたどり停戦、そして 終戦に至るかは、現時点では予測がつかない。しかしその過程において、現在の状況が修復されずに、仮にFNPRの加盟資格停止が解かれず、さらに次の段階である除名処分を受けることになれば、FNPRがロシア連邦と親和性のある各国労働組合への影響力を有し、さらにBRICSが次第に組織力を増大させている現状に鑑みれば、国際労働運動に構造的な対立が生じてしまうことになるであろう。
FNPRは、プーチン大統領の開戦への支持を次のように述べている。この点を確認しておくことは、今後、国際労働運動におけるFNPRのポジションを調整していくうえで欠かせないことだ。
2022年2月24日にFNPRのホームページで公開されたロシア語の声明は、以下のとおりである。ウクライナ戦争に至るドンバス地方へのウクライナによる攻撃とその背景にあるウクライナの政治軍事構造が述べられている。
「FNPRは、ウラジミール・プーチンロシア大統領がウクライナを非ナチ化するための作戦を遂行することを支持する。ウクライナの将来は、その国の国民によって決定されるべきであり、バンデラ一統、民族主義者、ナチの共謀者がウクライナ国民の意思に圧力をかけるべきではない。われわれは打ち続く砲撃と愛する人々の死によってロシア領内に避難せざるを得ない人々に同情する。ロシアの労働組合は、そのような人々を可能な限り支援する。我々は、ウクライナに平和が戻ること、そしてウクライナが民主的であり、平和であり、そして中立な国になることを信ずる。ヒットラーやゼレンスキーのような人間は往来する。しかし労働者の国際連帯は存続する。国々に平和を、そしてナチには戦いを!」
続いて翌25日にはロシア語、英語でFNPR声明が公表され、上記24日声明を具体的に説明している。要点は、
- 2014年のクーデターは、西側勢力が先導する過激派により発生した。
- その結果、発生した反対派にたいする弾圧や殺害(2014年のオデッサにおけるマイダン革命反対者の焼殺、政治的対抗者の殺害)が常態化した。
- ドンバス諸州は、ヒットラーとバンデラの信奉者で結成された民族主義大隊の力を借りて、見せしめ的な鎮圧の標的となった。
- 国家権力の弱体化と過激な暴力により、クリミア共和国はウクライナからの分離独立に、そしてドネツクとルガンスクは統一ウクライナの枠組みのなかで自からの権利を守る覚悟に至った。
- ウクライナ当局が署名した国の平和と統一を保障するミンスク協定、ドイツのフランクーヴァルター・シュタインマイヤー外相が提案したミンスク合意の実施手順は、事実上、過激派の圧力によりウクライナの指導者によって拒否された。
- このことによりドネツクとルガンスク人民共和国に対する「反テロリスト」軍事作戦が開始された。 以来8年間、ドネツクとルガンスクの街々は砲撃を受け、1万3千人から5万人が死亡したと推計されている。DPR(ドネツク)とLPR(ルガンスク)の住民80万人以上が、この時期にロシアの市民権を取得したのは偶然ではない。
- 同時に、暴力もエスカレートしていった。ウクライナでは、国民の大半が話すロシア語の使用が事実上禁止された。
- ゼレンスキー新大統領は、南東部の状況を正常化するというスローガンを掲げて政権に就いた。しかし結末は、国際的な合意であるミンスク合意の履行に失敗し、他方で砲撃の激しさが増すだけとなった。ゼレンスキー大統領は、ウクライナの核保有国としての地位を回復するよう発言するに至ったが、それはウクライナ領内に核兵器を配備することを意味し、それはロシアに向けたものになる。
このような分析をもとに、FNPR声明は、「今日の状況に至らしめた理由とは、ロシアに対する直接的かつ明白な軍事的脅威、ドンバスに住む人々を含むロシア国民の保護の必要性、紛争の平和的解決に至らなかったウクライナ指導部の失敗、ウクライナ指導部と多くの西側諸国の挑発的な発言と行動である」として、「FNPRはロシアの政治・軍事指導者であるプーチン大統領がとった一連の措置を支持する。私たちは、平和維持活動の軍事的段階が終了し、紛争を終わらせるための政治的解決策が見出されることを確信している。平和、連帯、民主主義という条件の下でのみ、ウクライナ、DPR、LPR、ロシア連邦の労働者は、労働組合によって団結し、ディーセントワークへの権利を成功裡に擁護することができるだろう」と主張している。
この声明には多くの戦争の火種が述べられている。本稿では、FNPRの主張についての事実確認、分析や評価することが目的ではない。ましてやそれらを正当化したり弁論したりすることでもなければ、FNPRの主張と反論を併記して論評することでもない。しかし顧みるに現在、日本におけるテレビ、新聞の報道、あるいは研究者や軍事専門家の論説には、2022年2月24日以前のロシア/ウクライナ関係、ロシア/欧米の関係について触れているものは極限られている。むしろロシアの主張を述べれば「親ロ派」とみなされるとも言われている。しかし開戦に至るまでにはさまざまな過程があり、それら一つひとつを解きほぐしていかなければ戦争の真実に迫ることも、そして当事者間の対話の糸口や筋道を見出すこともできない。
言うまでもなく、情報界においては「大本営発表」や「フェイクニュース」も渦巻いており、そうした現実の中では真実を探求するジャーナリズムや研究者の役割が重要であることは言うまでもない。そしてさまざまな見解を自由に表明できるプラットフォームの存在と、それを担保する報道の自由の価値は計り知れない。
筆者は、今次ウクライナ戦争には、やはり東西冷戦の終結後、ロシアを政治、軍事的に欧州の安全保障のフレームワークに組み込むことに失敗したことにそもそもの原因があるのではないか、と考えている。ソ連解体後、東西融和の国際世論の中でICFTU(国際自由労連、ITUCの前身)は全ソ労評を組織的に引きついだFNPRを加盟組合として承認した。東西冷戦時代のICFTUと全ソ労評との対立関係を考えれば、そのことは英断でもあった。しかし欧米各国政府、NATOはロシアに対しそのような融和的精神では動かなかったというわけである。
ウクライナ戦争は、これからどのように展開していくのかはわからない。以下に述べることは性急の誹りを免れないかもしれない。しかし国際労働運動にとって、やがておとずれるに違いない終戦処理の過程では、ロシアを含むPERC汎ヨーロッパ労働組合委員会の27%の組合員を擁するFNPRが持っている上記の認識と見解に耳を傾け、事態を冷静に解析する姿勢は欠かせないであろう。交戦国労働組合がそのような対話に入ることの難しさは想像を絶する。近現代史の中東欧とロシア、英独仏とロシア、またNATOとロシアの関係、そして何よりもウクライナ戦争によって分断されている交戦国間の労働組合関係を考えれば、FNPRのITUC運動への復帰についてロードマップを作り上げていくことは至難の業であることは言うまでもない。しかし国際労働運動は、今日までのあゆみ、そして欧州近現代史の歴史をふまえ、連帯の修復と回復に向けたプロセスを準備すべきであろう。
国際労働運動を回顧すれば、WFTUは第2次世界大戦後の1945年に結成され、その後、東西冷戦の激化にともない1949年にICFTUが結成された。結成大会に代議員として参加した全繊同盟滝田実会長は、2000年のICFTU機関紙「フリーワールド」結成50周年記念号に「戦後の荒廃した世界に"自由と平和"がいかに大切か、労働者の新しい世界組織が誕生し、その大きさ、その意義はいわば新時代の幕開けのように感じました。その時代に抱いた夢の実現でした」と寄稿された。
その40年後にベルリンの壁が崩壊、ソ連が1991年に解体され、東西冷戦が終結、それとともに国際労働運動でもICFTUと対抗していたWFTU(世界労連、共産党系の国際労働組織)が急速に衰え、両組織の対立関係が解消に向かった。2006年にはICFTUとWCL(国際労連、キリスト教系の国際労働組織)の合併によりITUC(国際労働組合総連合)が結成され、国際労働運動が統一された 。国際労働運動は、事実上、政策、組織運営、規約構造のすべての面でICFTUの理念のもとに全的統一を果たすことができた。
ウクライナ戦争の終結プロセスにおいては、国際労働運動の全的統一が継続するかどうか、が問われることになる。ICFTUの結成大会は、第二次世界大戦の惨禍を経て、「パンと自由と平和」のもとで自由世界の労働運動が結集し、自由と民主主義の大切さを確認した。国際労働運動は今、ICFTUの結成大会当時の平和と自由についての鮮烈な思いに立ち帰り、英知を傾け、統一と連帯を回復していくか、動向を注目したい。
鈴木則之
元ICFTU-APRO/ITUC-Asia Pacific 書記長(1999-2017)