2025/02/17
関西支部代表・森田定和(特定社会保険労務士)
(会報222号=24年12月10日号から転載)
人口の約二割が暮らす街ソウル
今まで労ペンの国際交流事業には、2017年のベトナム、18年のロシア極東、19年のタイ・ラオス、23年の台湾に参加してきたので、10月14日から19日迄の今回の韓国訪問で5回目となります。今回も日本大使館、ジェトロソウル事務所、経営者団体、労働組合、労働行政機関、研究所などの訪問に加え、特派員によるレクチャーなどのハード・スケジュ-ルでしたが、"百聞は一見に如かず"個人的な旅行では行けない所ばかりで今回も大変勉強になりました。訪問先と色々と調整して頂いた役員の方々、案内・通訳をして頂きました呉学殊先生には改めて感謝する次第です。以下は感想ですが、労働政策に関する感想等は、別発行の報告書に譲ることにします。
14日、羽田空港12時30分発の飛行機は2時間20分で金浦空港に着きました。そして、一行15人がソウル市内の宿泊先ホテルへマイクロバスで向かう途中、高層マンションの林立には驚きました。韓国の人口約5200万人のうち、ソウル市の人口が約960万人で、2割弱を占めています。北朝鮮からソウル市が攻撃される事態になれば、多くの犠牲者が出るだろうにこれは一体どういうことか。1950年に勃発した朝鮮戦争のために、南北の分断は固定化されてしまっているため、故郷に戻れない多くの離散家族がいたり、互いに銃を向けたくない心情などから、心の中には北はソウルを攻撃して来ないだろうと思っているのではないかと考えて終いました。
ガイドの説明によれば、3DKの30坪ほどのマンションが多く、水不足のためバスタブは無い設計になっているとのこと。また、人口の過度の集中解消や安全保障上から、ソウル市の中央政府行政機関などを国のほぼ中央部のニュータウン、世宗(セジョン)市に分散移転させる事業が進行中で、今後ソウルは米国のニューヨーク、世宗市は米国のワシントンの様になるという。世宗市の雇用労働部には16日、ソウルから高速道路で片道2時間半かけ訪問しました。
日韓友好へ百済金銅大香炉模型
17日午後、民主労総(全国民主労働組合総連盟)に続いて韓国労総(韓国労働組合総連盟)を訪問した際、西澤昇治郎団長へ百済金銅大香炉の模型が贈られました。
百済金銅大香炉(国宝第287号、高さ61.8㎝、重さ11.8㎏、国立扶余博物館)は、百済芸術の最高傑作です。聖王16年(538)に百済が泗沘(現在の扶余)へ遷都(538-660年、122年間)して以降、栄えた百済仏教でしたが、度重なる新羅軍の攻撃により、定林寺の五層石塔が残る以外は全て灰燼に帰し、その中には聖王の冥福を祈るために王墓群の中に建立された寺院、陵山里寺もありました。この寺址の井戸から1993年の発掘調査時に、この香炉が発掘されました。これは660年に泗沘が陥落し、百済が滅亡する時に寺にいた誰かが略奪を免れるために井戸に投げ込んだのではないかと考えられています。
百済からは我が国の古代から飛鳥時代にかけて養蚕・機織り、漢字、仏教、寺院建築など実に多くの先進的文化がもたらされました。
この度の百済金銅大香炉模型が贈られたことに関連して、韓国労総と労ペンの交流に留まらず、昔から朝鮮半島と日本の交流が盛んであったように、日韓両国民の交流が将来に向かって発展することを祈念せずにはいられません。