会員セミナー

日本の今後を考えるために

2020/03/02

 
井上定彦会員

総評調査部長・経済局長、連合総研副所長を経て、島根県立大学教授を務めた井上定彦さん(島根県立大学名誉教授)が19年12月12日の会員セミナーに登壇した。

演題は「日本の今後を考えるために」。本セミナーは、井上会員の意向もあり、日本の過去と現状を見て、今後のあるべき姿と「希望」のいくつかを提案したうえで、参加者との対話に重きをおいた。昭和・平成そして令和へと経る中で、ご自身の思考の遍歴と推移を振り返りつつ、出席者との対話を通じて、日本が今後進むべき方向を議論した。

かすかに玉音放送の風景を記憶している最後の世代として、昭和時代について、中村隆英著『昭和史』を参考に、戦前は「右への地滑り」であり、戦後は「左への地滑り」であったと整理。その後、1960年には「安保と三池」の社会紛争に、「その意味を認識しえないまま参加した」と振り返る。

そして、1968年から始まった学園紛争は、出発点は有意義だったが1970年半ばには新左翼の一部による内ゲバ・総括によって暗転。ジャーナリズム、官僚群だけでなく学生運動を経験した財界・産業界のリーダーの思考は縮減し、思考を「私化」してしまったとする。

平成の始まりでは東側世界での大崩壊が起こり、ソ連邦が解体する一方、欧州統合が加速。日本でも労戦統一が実現した。この頃、ご自身は連合総研に移り、こうした体制変化を踏まえて、日本の進むべき社会モデルについて考え続けた。平成の時代は政治・行政改革、そして構造改革が推し進められた。連立政権の誕生や政権交代があったものの、政治の劣化・官僚制度の機能低下が進み、日本型ポピュリズムが広がってきた。

こうした現状を踏まえて、なお「希望」する方向として、市民の日々の営みと行動力が足掛かりになるとし、公共社会を再構築するための未来への投資が必要だと強調。さらに人口減少の後を追うことが明らかな韓国、台湾、中国との社会交流が重要だと指摘した。

(荻野登)

20200302b.png

  
 

過去記事一覧

PAGE
TOP