私の主張

連合結成30周年に向けて
労働組合は、最大の納税者組織である 医療行政を変えた「連合の領収書をもらおう運動」②

2019/10/07

 

地域別最低賃金額の改定にも、 連合の春季生活闘争の結果が反映

最低賃金とは、全ての働く人に適用される賃金の下限額のことで、1959( 昭和34 ) 年に当時の岸信介政権が導入したものです。毎年度、中央最低賃金審議会が引き上げの目安額をまとめ、その後各都道府県の地方審議会が地域の実情に応じて改定額を示します。

最低賃金を下回る金額しか支払わなかった企業には罰則が課せられます。
安倍首相は2015( 平成2 7 ) 年に、将来的に全国平均1000円程度に引き上げることを表明しました。
地域別最低賃金額改定について、政労使からなる中央最低賃金審議会は、春の賃金改定をもとに「地域別最低賃金の引き上げ目安」について、毎年7月末に厚生労働大臣に答申します。
連合の春季生活闘争の結果は、地域別最低賃金にも影響します。
最低賃金は、正社員だけでなく非正規社員や外国人労働者にも適用され、地域別最低賃金額は都道府県ごとに賃金水準などを勘案して決定されます。
地域別最低賃金を決定するにあたっては、①地域における労働者の生計費、②地域における労働者の賃金、③事業を営むにあたる賃金支払能力、の三点を考慮しなくてはなりません。

2008(平成20)年7月より施行された改正最低賃金法では、労働者が健康で文化的な最低限度の生活が営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性を考慮することとなり、地域別最低賃金は生活保護の水準を上回ることが明確に規定されました。
2014(平成26)年は 、 全国平均の目安となる時給は 円上がって780円となり、最低賃金で働く人の手取り収入が生活保護の受給額を下回るという「逆転現象」は、それまで存在した5つの都道県すべてで解消されました。
2018平成30 ) 年の最低賃金の全国平均は、時給で前年度比 円増の874円です。 地域別では、最高が東京都の985円(前年度比 円増)に対し、最低は鹿児島県の761円(同24 円増)で224円もの差があります。

この最低賃金の地域間格差は拡大傾向にあり、東京一極集中を助長していると指摘されています。

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地域別最低賃金と特定最低賃金

例年、中央最低賃金審議会での議論経過と目安水準をもとに、地方最低賃金審議会でも、地域別最低賃金額決定の審議が行われます。
なお最低賃金には、地域別最低賃金のほかに特定(産業別)最低賃金があります。
「地域別最低賃金」は、パートやアルバイト、外国人労働者を含め、すべての「労働者」に適用されます。
地域別最低賃金は全国すべての都道府県で設定されなければなりません。 地域別最低賃金額を下回る賃金を支払った場合の罰金は、上限50 万円です。
最低賃金額は時間額で示されます。最低賃金の対象となる賃金は、通常の労働時間に対応する賃金です。

もう一つの「特定(産業別)最低賃金」は、2007( 平成19) 年の最低賃金法改正(2008年7月施行)により規定されたもので、特定の事業もしくは職業ごとに設定されます。
当該産業の関係労使が、地域別最低賃金より金額水準の高い最低賃金を必要と認めた場合に設定されます。 これは特定の産業または職業について、地域別最低賃金よりも金額水準の高い最低賃金を定めることが必要と認めた場合に、関係労使の申出があったときに最低賃金審議会の審議を経て決定されます。
ちなみに2007(平成19)年度以降、産業別最低賃金の上げ幅が地域別最低賃金より大きくなっています。

この地域別最低賃金、特定最低賃金とも、中央最低賃金審議会において公益委員・労働者側委員・使用者側委員による審議を経て決定されます。 連合は、この中央最低賃金審議会に労働者側代表として委員を送っており、最低賃金でも生活が可能な水準となるよう、毎年の金額引き上げに力を注いでいます。

最低賃金は、あくまでも非正規が対象の目安

「経済の好循環」を実現するには個人消費の活性化が不可欠であり、最低賃金の大幅増額はそれに必要な所得増につながるものです。
地方の中小・零細企業は、厳しい経営環境に置かれている現実もある一方で、大都市部では外食産業などを中心に人手不足が深刻化し、すでに賃金水準が最低賃金を上回っているという実態もあります。
そもそも最低賃金は、賃金の最低額を法的に保障する制度ですが、その水準は多忙期の一時的な応援とか、家計の補助的なアルバイトなど非正規の水準です。

現状における地域別最低賃金というのは、主に生計を営む熟練労働者(世帯主など)を対象としたものではありません。
家計の補助的な水準を示す現行の地域別最低賃金の水準とは別個に、実態にあった「主に生計を営む労働者の最低賃金」の水準が、現在の最低賃金制度では提示されていないのです。
そこで連合は、労働者が最低限の生活を営むのに必要な賃金水準を独自に算出しようと模索し、2013(平成25)年に「連合リビングウェイジ( 月額表示) 」 ( 上表参照) を設定し、毎年改定しています。
このように「主に生計を営む労働者を対象とした地域別最低賃金」の方が、本来の最低賃金の趣旨に即していると言えましょう。

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連合結成30周年に向けて
労働組合は、最大の納税者組織である 医療行政を変えた「連合の領収書をもらおう運動」①

2019/09/24

 
torii.jpg労働ジャーナリスト・鳥居 徹夫会員

略 歴

1973年(昭和48年)茨城大卒。造船重機労連入職。教育広報部長等を担当、 造船重機労連と鉄鋼労連統一を機に、国会議員政策秘書となり、文科大臣秘書官 などを歴任。

労働運動の話(「労政フォーラム」2019年3月号から)

連合は「ACTION!36」を推進

連合は、「長時間労働を是正し、過労死を日本から根絶させる」ことを目指して、「ACTION!36」キャンペーンを展開し、3月6日を「サブロク (36)の日」として三六協定の浸透と締結促進に向けた運動を展開しています。

連合は、3月6日を「サブロクの日」として一般社団法人日本記念日協会に登録申請していましたが正式 に認定され、日本記念日協会から登録証が授与されています。

三六協定とは、正式名称を「時間外・休日労働に関する協定届」と言います。労働基準法第36条が根拠になっていることから、三六協定と呼ばれています。労働基準法第36条では「労働時間を延長、または休日出勤をさせるときは会社と従業員で協定を結んでそれを届けなければならない」と規定されています。

労働時間は本来1日8時間、1週40時間までと労働基準法で決められています。

それを超えて働かせると罰則規定があり、使用者が罰せられます。

その三六協定を締結せずに残業をさせた場合や休日労働をさせた場合、労働基準法違反となり、使用者に六か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。

厚生労働省 (平成25年度労働時間等総合実態調査)によると、三六協定を締結していない事業所は全体で44・8%もあり、特に中小企業の半数以上が三六協定を締結していないことがわかりました。

三六協定を締結していない理由として、「三六協定の存在を知らなかった」という使用者は35・2%と、三六協定の認知度の低さを示す結果が出ています。

三六協定を締結していない理由として、①時間外・休日労働について就業規則等で規定を設けるのみで十分と思っていた、②事業場ごとに締結が必要とは知らなかった、③過去締結した三六協定が現在も有効だと思っていた、④三六協定の締結・届出を失念した、⑤その他三六協定の存在を知らなかった、などとなっています。

ちなみに「三六協定」は、正社員はもとより、アルバイトもパートも外国人を問わず、全従業員に適用されます。

どのような雇用形態であったとしても、1日8時間1週40時間を超えて働かせる場合は必ず三六協定の締結と届け出が必要です。

使用者には、法律を守り、働きやすい環境をつくることが求められています。また働く側も、ワークルールの基本的な知識がなければ、自分の身を守ることができません。使用者、労働者の双方がワークルールを正しく理解し、適正に三六協定を締結することが大切です。

ここで重要となるのが、労使による三六協定の締結と運用です。

過半数の労働組合がないところでは、従業員過半数代表制度が機能しなくてはなりません。

従業員代表者の選出は、①代表者が管理監督者でないこと、②選出目的を明示すること、③民主的な手続き、の3要件を満たさなくてはなりません(労働基準法施行令第6条 が、現状は形骸化しているとの指摘も強くあります。

JIL 労働政策研究・研修機構) の調査によると、三六協定の締結における労働者側の当事者は、従業員過半数代表が6割弱で、その従業員過半数代表の2割は何と管理職であったといいます。

過半数労働組合の要件を満たしていない場合や、過半数代表者の選出が適切に行われていない場合は、三六協定を締結し労働基準監督署に届け出ても無効となります。

法律が整備されても、それが各職場で活かされなければ意味がありません。

労働組合の有無にかかわらず、すべての職場において、より良い働き方の実現をめざし、三六協定の適切な締結をはじめとする職場での取り組み を、労使で徹底していくことが重要です。

連合が「ACTION!36」運動を展開するのは、三六協定が適切ではない方法で結ばれていることも少なくないからです。

三六協定は、労働者を長時間労働から守る大切なものです。連合は、働く者の権利を守るために、今後も、三六協定の適切な締結などの取り組みを進めるとしています。

医療情報の開示で、供給者サイドの行政を転換

連合は「お医者さんにかかったら領収書をもらおう」運動を展開してきました。 この地道な運動は、医療の在り方を大きく変える、利用者による納税者運動でした。 国民医療費は、高齢者の増加もあり40兆円に達し、国・地方の財政負担も年々増え続けました。

その一方で、悪質な病院や診療所による医療費の不正請求は後を手立たず、1995(平成7) 年度の医療機関による過剰請求(不正請求)が3222億円に上ったことが明らかになりました。

医療費の不正請求とは、「自分はその月にお医者さんに行っていないのに、行ったことになっていた(架空請求)」とか、「実際は1回の検査だったのに、数回に分けて検査した(水増し請求)」かのように診療報酬を請求することです。

1997( 平成9) 年9月に患者の自己負担割合が1割から2割に上がりました。 患者の自己負担比率の引上げ、そして医療費不正請求をきっかけに連合が始めたのが、お医者さん(医療機関)にかかったら、その都度確実に領収書をもらうという運動です。

連合はまず、組合員一人一人ができることとして、お医者さんにかかったときには必ず領収書をもらう、そしてその領収書と医療費通知を照らし合わせようと、組合員に呼び掛けました。

かつては医療機関から領収書すらもらえなかったのです。運動を始めた当時は病院の窓口では、露骨に嫌な顔をされ、不愉快な思いをする人も多かったのです。 たとえば確定申告の医療費控除では、領収書の提出が必要とされるのに、「何に使うのですか」とか「500円かかります」と言われたりしたのです。診療報酬を決める中医協(中央社会保険医療協議会)の場でも、連合選出の委員は「領収書発行を義務化すべし」という発言を何度も繰り返し、徐々に領収書の無料や明細書発行が広がりました。そして2006(平成18) 年からは領収書の発行が義務化され、2010(平成22) 年の診療報酬改定で、診療明細書の無料発行が原則義務化されました。

この時点では、患者の申し出があった場合でした。 2018(平成30) 年には全病院・診療所で、診療明細書の発行が完全義務化となりました。 受診した診察の中身を知ることと、医療内容とその単価がみあうのか、などを利用者が直接知ることになります。価格を通じてサービスの質を知り、病院が間違って請求していたとしてもチェックできるようになったのです。

これまでの医療行政は、医師会などの利権圧力団体と族議員、そして所管の厚生省(現・厚生労働省)という「鉄の三角形」によって進められてきました。 医療行政は、供給サイドによるものであり、利用者無視でしたが、最大の納税者団体としての労働組合のパワーが、閉鎖的で不透明で硬直的な医療行政を変革させるパワーとなったのです。

創刊号から200号まで数字で見る40年

2019/07/01

 
元労働省労働経済課長
奥田 久美

分配構造は極端な株主主権経済に変貌、97年レベルを超えない賃金 ―令和では労働者復権なるか、株主主権のままか。

創刊号の1981年3月から、200号の2019年5月までの38年余で、労働に関わる変化を数字で見てらどうなるか。元労働省労働経済課長を務めた奥田久美会員に分析してもらった結果、この間、労働者の窮乏は深刻化し、富裕層はさらに富裕になる社会構造が浮き彫りになった。

有効求人倍率が高水準の意味

2018年度の有効求人倍率は1.62倍。40年前の1979年頃は、列島改造景気で1973年度平均で1.73倍を記録したのち、1973年秋の第一次石油ショックの影響で急落し、75年初に0.5倍近くで下げ止った後、長らく0.6~0.7倍台で推移していた時期である。その後何度か上げ下げがあり、リーマンショック後の2009年3月の0.42倍からその後は9年連続して上昇を続け、2013年後半に1倍を超えて今日に至っている。  しかし、この数字は日本経済が好調なことの表れだろうか。最近の人手不足の背後には、生産年齢人口が、1995年の8726万人をピークに直近の7546万人まで(ピーク比で実に1180万人減)、23年連続して毎年50万人のペースで減少しているという現実がある。有効求人倍率が1倍を超えてすでに4年を超えたが、0度を超えると氷が水になるように、そろそろ労働の世界にも大きな変化が起こっていいころだと思うのだが

1997年をピークに下がり始めた賃金

日本の名目GDPは、2016年に537兆円を記録するまで1997年の534兆円が20年間にわたって最大だった。一方、賃金も1997年をピークに減少し、20年以上経過した現在も、その水準を超えていない。名目雇用者報酬は、1997年の278兆円が2016年でも268兆円にとどまり、一人当たり賃金(国税庁の民間給与実態調査)は1997年の467万円をピークに2009年には406万円まで下がり、その後若干増加して2017年は432万円になっているが、ピークに比べて35万円、7.5%も減少している。

際立つ営業利益と配当の増加

金属労協の2019年の春闘資料で興味深い統計表を見つけた。「付加価値の変化」(全産業、除く金融保険業)の表である。1997年度と2017年度を比較すると、1997年度の付加価値総額は275.7兆円、人件費が203.9兆円、営業利益が16.1兆円、配当が4.2兆円、これに対して2017年度をみると、付加価値は311.7兆円へと36兆円、13.1%増加しているが、人件費はわずかに2.6兆円1.3%増の206.5兆円に対して、営業利益は3.8倍の61.2兆円に、配当は5.5倍の23.3兆円に激増している。

平成の時代に起こった日本経済上の最大の出来事は、昭和の時代のスタンダードだったステイクホルダー間のバランスの取れた分配構造が、この30年間に極端な株主主権経済に変貌したことである。令和の御代が、氷が水になるように状況が劇的に転換して、労働力需給バランスが不足状態に転じたことを反映して「労働」の復権する時代になるのか、それとも、自然の摂理に反して、あり余った金がこのまま社会を支配し続けるのか、注目したい。

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【19春闘】名ばかり「春闘」ますます限界へ

2019/07/01

 
森 一夫

今年のいわゆる「春闘」について、連合は上げ幅のみならず、絶対額にこだわり、大手と中小との格差是正を図ると強調してきた。
結果はどうか。残念ながら、今のところ掛け声の域を出ない。連合が4月18日に発表した第4回集計によると、定昇込みの賃上げ回答は全体で6292円、2.13%で、昨年を164円、0.03㌽上回ったが規模間格差は縮まらない。
300人未満の中小組合への賃上げ回答は5110円、2.04%で、300人以上の組合への回答6409円、2.14%を、額、率ともに下回っているからだ。
神津里季生会長は、300人未満の中小の回答を、同日の記者会見で高く評価した。「2014年から始まった今の賃上げの流れの中で最高の水準だ。底上げを目指して、今年はとりわけ上げ幅のみならず絶対水準にこだわると言ってきた。それに中小の組合がしっかり取り組んでくれた結果である」。

開く規模間格差

とはいえ規模間格差はなお開くので、その点を会見で質問すると、「格差は20年間、開きっぱなしだったが、年々、是正を図っている」との答え?が返ってきた。
もっとも「賃上げ分(ベア相当)が明確に分かる組合の集計」では、99人以下の組合は賃上げ分が1685円、0.73%で、1000人以上の1615円、0.56%を上回る。
人手不足の影響が厳しい中小企業は、人材確保のためにそれなりに大幅な賃上げをせざるを得ない。だからといって今「春闘」を機に、全体の大手と中小との格差が縮小傾向に転じるとは思えない。
平成時代を覆ったデフレ経済は、賃上げを冷え込ませ、今に至っている。トヨタ自動車による2002年のベアゼロがとどめともいえた。その年、全体の賃上げ率は連合集計で定昇込み1.72%だった。
このころから定昇とほぼ同義の「賃金カーブ」維持がしばらく要求の中心になった。当時、「定昇は約束通りやるのが当たり前で、要求するものなのかね」と、いぶかる大手企業の経営者もいた。
さらに「ベア」がほとんど死語と化し、「賃金改善」という言葉が広まった。一応理屈はあるが、経営者が「ベア」を嫌うので、言い換えたというのが実態だろう。
平成の初めには定昇込み5%台だった賃上げがいつの間にか、1-2%台の低位安定に落ち着いた。
今年は当初、企業業績が好調だったのに、連合の賃上げ要求基準は昨年と同じ定昇込み4%程度。控えめではないかと定例会見で問うと、神津連合会長は「高く要求すれば、いいというものではない」と答えた。実際の賃上げ要求は4月18日の集計では、平均3.13%と連合の基準にとどかない。

低位安定の構造的理由

低位安定には、構造的な理由がある。グローバル経済の変動に直撃される金属労協が、相変わらず相場形成役を担わされている点にそもそも無理がある。
前年を上回ったと言っても、ベア分がコンマ以下の賃上げ率では、日本の賃金水準の有意な引き上げは難しい。名ばかり「春闘」の限界が今年ますますはっきりした。

「会報194号」(2018年2月25日発行)

2018/02/25

 

「労働を軸とする文化」の視点を

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安倍首相は今国会の施政方針演説で「誰もがその能力を発揮できる、柔軟な労働制度へと抜本的に改革します。戦後の労働基準法制定以来、70年ぶりの大改革であります」と大見得をきった。「改革」の内容はすでに紹介されている。「長時間労働慣行の打破」と「同一労働・ 同一賃金」が柱だろう。しかし、ほんとうに過労死をなくすような「長時間労働の慣行打破」は可能なのか?職務分析評価に基づくべき「同一労働・同一賃金」は手当などの「均衡・均等待遇」に留まっていないか?

真のねらいは「柔軟な労働制度へと抜本的に改革します」という言葉に隠されている。安倍首相は「世界で一番企業が活躍しやすい日本にする」と打ち上げたが「世界一労働者が働きやすい日本」とは決して言わなかった。罰則を備えた「時間外労働の上限規制(週45時間)」を設けたと自画自賛している。しかし、未だに批准されていないILO第1号条約(8時間労働制)の原点が見失われていないか。「人間らしい生活ができる残業なし」の8時間労働制を夢に終わらせてはならない。月45時間の「残業」を常態化してはならない。そのためには8時間を超えた場合の割増率を罰則(ぺナルティ)として世界の標準である50%にすることが必要に思う。

オーストラリア・メルボルンにある「888タワー」は19世紀半ばに勝ち取られた8時間労働制を記念し1903年に建設された。「8時間は労働(Work)、8時間は人間性の回復(Recreation)、8時間は睡眠・休養(Rest)」を示している。 そこに「残業時間」が入る余地はない。残業時間が割って入り込めば、その分人間らしい生活と文化が削られていくからだ。「働き方改革」は「労働を軸とする文化の改革」でもある。「働かせ方改革」に終わらせてはならない。

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小畑精武

「働き方」と「働かせ方」の矛盾を孕んだ法案

安倍首相は一連の法改正を「働き方改革」と言っているが、目玉である同一労働同一賃金と労働時間の罰則付き上限規制等は労働者と企業に働き方の見直しを促す基本的枠組みの整備にすぎない。言うまでもなくこの仕組みを活用するかどうかは労使の判断に委ねられている。

同一労働同一賃金と労働時間の上限規制は処遇向上と健康確保を目指すものであり、労働者に優位な仕組みといえるが、一方、高度プロフェッショナル制度と企画業務型裁量労働制の拡大は″働かせ方〟を柔軟にできる、経営サイドのフリーハンドを高める仕組みである。

同一労働同一賃金を徹底しようとすれば、従来以上の人件費増は避けられない(正社員の処遇を下げないという前提)。上限規制を遵守しようとすれば、業務量削減のためのIT化投資や人員補充のための人材投資も必要になるだろう。一方、高プロと裁量労働制の拡大は職種と年収は限定されるが、短期的には人件費削減効果のメリットと中・長期的には貢献度の高い自律型の労働者の増加を促すかもしれない。

ただしその前提として出勤・退勤の自由が保障され、会社との「合意」を可能にする交渉力を持つ個人である必要がある。ちなみに最近の労働市場で人材需要が多いAI やフィンテックなどの特殊技能を持つ高度テクノロジー人材は双方の合意で高年収の契約社員化の形を取るケースが増えているが、彼らは新制度に見合う人材かもしれない。だが制度を悪用し、従来の裁量労働制のように出勤・退勤の自由や交渉力のない社員に適用すれば長時間労働や過労死を招きかねないリスクもある。

いずれにしても法改正は最低限の枠組みにすぎない。それを自社の制度に落とし込んでワークス夕イルを変革していくには個別労使の制度づくりや運用など不断の努力と見直しが不可欠だ。企業の持続的な成長を促す人事・人材戦略として、労使が知恵を絞って前向きに取り組んでいくかどうかが問われている。

溝上憲文
   
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